KANさんの訃報をうけて聴く曲は、なんだかいつもより沁みてしまった
どうしてすべてあるのに、気付けないんだろう。
今日はしんみりさせてください。大好きなアーティストのひとりKANさんが亡くなりました。2021年zepp FukuokaでKANさんのライブに初めて参加したのをきっかけに親近感をもって、よく曲を聴いていました。
訃報をきいてから無性に彼の曲が聴きたくなり、運転中に聴いていた。亡くなってから、また彼の曲を聴きたくなり、やっぱりいい曲たちだ・・と思うのがなんというか悔しい。ずっと前から知ってるのにどうして、亡くなってから聴く方が尊く感じてしまうんだろう。それがとても悔しく情けない。
ネットを開けば、あちこちでKANさんの顔がでてくる。どうして好きな人の顔をこういう形で見なくてはならないんだろう。
亡くなって気づけることが・・あまりにも大きすぎる。彼にはそれが生きてる間に伝わっていたんだろうか。わかっていたんだろうか、と不安になる。少なくとも、わたしは声に出したことはない。
それにしても彼はいつも陽気だった。アーティストとしての顔しか知らないけれど、その側面にはいつも「笑い」があった。そんな笑いがあることに慣れきっていて、すっかり感謝を忘れてしまっていた。それはやっぱり、とても情けないことだと思う。
そんなことを思い、なんども繰り返しながら明日からも生きていくんだなぁ。こんな感じで大丈夫なのかな・・人生、とちょっぴり「ハテナ」を抱えたまま、やっぱり楽しく生きていきたいなぁと思う。
こんなに大切なメッセ―ジを真面目に伝えてくれることが、わたしは大好きです。
これからも彼の曲を、そっと聴き続けたいと思います。ありがとう。
おしまい
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