二人一組になってください
「二人一組になってください」という号令が、恐ろしいと思う側の人間だった。
新刊のタイトルでもある。
今作、デスゲーム小説を生涯に一度くらいは書きたいと思い立ったときに、考えずともこのタイトルが降ってきたのは、ゲームのシステムを思いついたのは、学生時代の私が「二人一組になってください」という号令を、デスゲームのように感じていたからなのかもしれない。
と、新刊に対する思いはたくさんあるのだが、既にインタビューで諸々答えているので、ぜひこちらの記事に目を通して頂けたらと思う。
そしてnoteには、毎回お決まりになってきたが、いまの心境と近況をたらたらと綴ろうと思う。
まずうれしいお知らせとしては、『二人一組になってください』を発売してから一カ月が経ったが、信じられないことに、なんと五刷になった。
『王様のブランチ』ブックランキングでも、2位と7位を記録した。
すごいことである。私的快挙である。
私はこの小説を書いているとき、執筆ハイになっていたのもあり、担当さんたちに「百万部いきますよ(`・ω・´)」とほざいていた。
(アンソロジー『#ハッシュタグストーリー』のイベントの打ち上げの場だったので、カツセさんや麻布さんや柿原さんもいたというのに/そしていつもながら書き終わった直後だけは「これは本屋大賞や……」と思っているのである/思うのは自由である)
無論、百万部にはまだまだ届かないが、オリジナル作品の単行本だけでいうと、自分至上最も多い部数になるだろう。
デスゲームというジャンルが人気なのもあり、SNSやハガキで感想をたくさん頂いたが、普段小説を読まない方も手に取って楽しんでくれているように思う。反面、初めてドエンタメに挑戦したので、文学的な作品が好きな人からすると、少し浮世離れしすぎて物足りないかもしれない。(少なくとも『神に愛されていた』との温度差はあっただろう)
しかし今作は、本当に過去一といっていいほど頑張って執筆したので(これまでで最も考えることが多く、死ぬほどない頭を使ったという意味で)、とにかく結果がでてよかったという気持ちだ。
バカみたいだが、私は小説家として「売れっ子になりたい」というのが漠然とした目標だった。
(ずっとnoteを読んでくれている読者さんなら知っていると思う。)
『みんな蛍を殺したかった』を発売して以降、ありがたいことに執筆依頼が殺到していて、『蛍』以降は全ての本に重版もかかっている。
『蛍』も『二人一組になってください』も、本が売れない今の世の中的にいえば、もう大ヒットだ。
あの頃(もう十数年前)思い描いていた私の基準では、充分「売れっ子になった」と言ってもいいだろう。
勿論、上を見ればきりがないし、本当にまだまだなのだが(それこそ部数的にも)、やっと自分でそう書くことを赦された感じもしている。
ここまで、本当によくめげずに書き続けてきたな、と思う。
デビュー作から華々しい作家さんもたくさんいるし単純に羨ましいが、私はそうじゃなくてよかったと、今になって思う。本を出せることのありがたさや、小説家でいる辛さや、うれしさや、難しさや、喜び、その全てを感じ、知ることができた。
そして、ボカロやゲームのノベライズ、ジュニア文庫、ライトノベルなど、文芸以外の様々なジャンルの仕事と向き合ってきたからこそ、今作『二人一組になってください』を仕上げられたと思う。
要するに、天才ではない私には、経験が必要だったのだ。
ここから先は、少々生々しい話になってしまうが、私は正直、本がすごい売れたら、すごい幸せになって、すごい自信がつくのかな?
と期待していた。
でも実際は、あまり変わらなかった。
自己肯定感も低いままだし、むしろなんだか孤独で、不安に陥っている。
こんなにたくさん刷って大丈夫なのだろうかと、心臓が高鳴って、うまく眠れないし、寝すぎるし、全然書けない。心底、難儀な性格である。
なので今日、リハビリとして、この記事を書いているという部分もある。
売れたら高いバッグを買うというのが夢だったので、それは叶えさせてもらったが、とにかく十年前の私が思い描いていた「売れっ子」になったら、自動的にすごい幸せになれる説は覆されたのだった。
でも私は元々、幸せの基準が高くなかったのかもしれない。
猫がかわいいとか、ベッドでポテチを食べながら映画を観ている時間とか、夫が誕生日にアフタヌーンティーに連れていってくれたとか、そういう日常や、ちょっとした贅沢を、私は死ぬ前に思い出す気がする。
だからきっと幸せというのは、不幸じゃないことだ。
つまり私はもう、充分すぎるほど、幸せだったのかもしれない。
かといって命を削って書いた本が売れなかったら劇的に病むし(それこそ不幸を感じるだろう)、こんなに話題になってうれしいに決まっている。
小説家でい続けられるし、みんなが喜んでくれる。
いつか本屋大賞も絶対とりたいし、すごい作品を書いて評価されたい。
でも、私はきっとそのために小説を書いているわけではない。
私はたぶん、小説を書くのが好きだから書いているのだ。
心底しんどいのに、やっぱり書くのが好きで仕方がないのだ。
いまは少し燃え尽きてしまっていて、この二カ月も、一文字も書けなかったが、この文章を紡いでいる今、ようやく息ができたような気がしている。
そう、執筆は私にとっての呼吸なのだろう。
書かないと死ぬのだ。
だから心配しなくても、私は書いてくれる。
この指で、傑作を、きっと。
そう信じている。
いつも私の小説を読んでくれて、ありがとう。
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