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身体は石にイメージされる
風は丘を登っていく。すでに昼になってる陽の光は、大地を熱する。そして、行き着いた先には、方形の石が建っていた。そこだけ花々が咲いている。誰かが手入れをしているのだ。およそ生前の人を石の像で現すことを、この世界では、おこなわれる。地中の人の記憶は風化し、大気に触れるその石だけが、「彼」を語っていた。死者は何事も言わない。少女はそっと長いまつ毛をあげて、その墓碑銘を詠んだ。
「永遠ならざる、われ、口惜しくも、鬼籍へと沈む。されどいつの日か戻ってくるであろう。永遠のために」
目を瞬かせ、胸の前で小さな手をきゅっと握った。生への飽くなき執着に、思わず肺を大きく運動させた。
「この世界にあるもので、永遠なものなんてないのよ」
少女は、石の頭から、ミネラルウォーターを流す。五百ミリリットルのペットボトルはすぐに空になった。
「だから、ずっと、あの世にいて。そうすれば永遠だから」
風が、少女の服を揺らした。髪の毛が口に入ったのを素早くさするようにしてどかす。寒い日に太陽はありがたかったけど、冷たい空気は容赦がない。コートのポケットに手を入れて、凝っと墓を見る。かつての父親は、石にその体をあけわたし、ご先祖さまとなった。終わらない少女への虐待の日々。突然、この人は心臓が止まったのだ。だから、未練はない。ただ、人の暴力性を現実のものとして見たという記憶が、少女にはあるだけだ。
「夜な夜な蘇ってくるのです。グールなのでしょうか」
少女の薔薇色の頬に翳りが差す。続く不眠の夜に、まぶたが重い。死んでまでも残酷な人。
「わたし、ここに入らないから」
決別。生きるための意思。少女の張りのある白い頬には、けれども、涙があった。
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