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日記ではなくノートなら続くんじゃないの?という提言
日記って続かないよね。
そりゃもう、宿命的なまでに続かない。
続いたためしがない。
世の中にはたくさんのきれいな日記帳があって、その書物めいた雰囲気に、「これをじぶんの字だけでぎっしりと埋めてみたいぞ!」というきぶんにさせてくれる。
それで、買う。
買ってしまう。
たいがい、1月ぶんを書ききることさえできない。
それでも、何日かぶんの思考はそこに書き留められているから、おいそれと捨てることもできない。ほとんど手付かずの白紙として残された「挫折」の象徴として、むなしく本棚からぼくのことを責めつづける。
おまえさあ、
いつもそうだよな。
まじもうほっといてくれって。
*
あれもう、フォーマットがよくないと思うんだよ。
毎日毎日同じだけの分量が割かれてても、困るんだ。
特筆すべきことがなんにもない一日ってあるだろ。毎日毎日を面白おかしい予定やできごとで埋め尽くすことなんてできないし、今日はまじなんにもしてねえわ、のんべんだらりと日常を終えたわ、って日もある。
厳然として、ある。
そういう日は一行だって書きたくない。そういう日になにを書くかが器量だと言われたらそこまでなんだけど、すくなくとも、ぼくはもうなんにも書きたくない。
それに、一日書き漏らすとそのページが空白のまま残るのも、だいぶ最低だ。
思い出して書かなきゃなんねえな、くそめんどくせえな、なんて思っているうちに、ToDoとして溜まっていく。進研ゼミとおなじだわ。進研ゼミつづいている子供見たことある? ぼくはない。
*
そこで原点回帰。
ノートだよ。
なーんも工夫がない、ノート。
コンビニでキャンパスノートを買ってくればそれでいい。なるべく安っちくて、じっさいに安いやつがいいね。躊躇なく使えるから。
ルールはいくつかある。
日付を書く。
短い文章の連なりで書く。
ひと連なりが終わったら、横線を引っ張る。
そんぐらい。
これが、けっこう続く。
なにせまあ、飽きない。
書きたい分量は自由自在に調整可能だし、どうせ安いノートだから御大層なことを書かなきゃならないというきぶんにもならない。
書く内容も、日記なんぞに囚われる必要はない。
そのときそのときで、頭のなかに存在しているものをぜんぶ書けばいい。
ちなみにぼくのノートは、しぜんにネタ帳みたいなものになっていく。フィクションのアイデアや、種子や、聞きかじりの知識や、こんな服が着たいっていうことや、こんなこと書きたいってことや、こんな本読みたいってことや、こんな映画観たんだけどどうだったってことなんかが、とくに整理もされず、ずらずらと書きつけられている。
こんなかんじだ。
*
ノートは使い終えたら次のを買う。
ストックはおすすめしない。たいがい無駄になるから。
文房具屋へ足を運んで、虚心坦懐に、そのとき使ってみたいものを手に取る。
べつにフォーマットなんてどうでもいいんだけど、ぼくはリングノートを気に入って使っている。
カフェで開くことが多くて、反対側のページを折り返して省スペースにできるのがいい。
でも、サイズはB5で決め打ちしている。
ノートって言ったらこのサイズじゃないと落ち着かないからっていうのが理由。
いちおう、最新で使ってるノートのリンクを貼っておく。
これは万年筆も書きやすいので、ぼくは好き。
日記に挫折しがちなぼくみたいなひとは、こんな感じにゆるく始めてみたら?っていう提言。