小説雑誌がスゴかった頃
中間小説のおもしろさは、それを読んでいくスピードから生まれてくるのだ。あんまりゆっくり読んでいると、すぐつまらなくなるものだし、それでもおもしろかったら、それは傑作のなかにはいってくる。かりに「小説現代」をいつも最初に買っている中間小説ファンが、そのときなにかの用事で東京駅から新幹線に乗ったとしよう。
まずパラパラとやってから百枚ぐらいのを、さらりと読んでしまい、そこでタバコを出して一服する。そうして新大阪につくころには、だいたい一冊をたいらげてしまうといったスピードなのだ。
――「中間小説研究」植草甚一
読みかけの二つ折りにした雑誌切り抜きを上着の内ポケットから出しかけたとたん、ふと筋向かいの会社員らしい乗客が読んでいる雑誌が目にはいり、チラリと見えた表紙で「オール讀物」だとわかったが、その終わりのほうのページを、おもしろそうに読みふけっている。ははあ、あれは池波正太郎の鬼平犯科帳「泥鰌の和助始末」だなと、すぐ当てることができた。
ぼくもそこをまっさきに、ゆうべ寝るまえに読んだからだが、こんどのは長くて百二十枚もある。
わるくはない出来だと思ったが、すこし長すぎるのが、まだ頭にひっかかっているし、もう忘れてしまった場面もあるのだ。どうしてなんだろうと考えながら横のほうに目がそれると、会社員らしい四十年配の池波ファンと向かいあった座席にかけている若い会社員が、おんなじ雑誌のおんなじところを読んでいるではないか。
――同上
冒頭から引用で失礼。
植草甚一先生の文章って、なんでこんなに読みやすいんだろう。
平仮名と漢字のバランスが絶妙で、とにかく読みやすく、味わいぶかい。こういう文章を書けるようになりたいなあ、としみじみ思う。
さて。
今回の話は植草甚一先生についてではない。
小説雑誌をきみは知っているか
小説雑誌、というものがある。
マンガ雑誌のように、小説ばっかり載っている雑誌群のことだ。
代表的なものを挙げれば、「オール讀物」、「小説現代」(上の引用にも出てきているね)、「小説新潮」、「小説宝石」、「小説すばる」、「小説 野生時代」などなど。
(ちなみに、今回は五大文芸誌は割愛する。純文学の話はしないので)
きみはこの辺の雑誌を知っていたか?
知っているとしたら、けっこうな小説好きだと思う。いや、ほんとうだ。なにせまあ、これがもうほんとうに読まれていない。深刻に、だれも読んでいないのだ。
なんでかって?
じっさいに、書店へ行って、この辺の雑誌を買ってきてもらえれば、なんとなく理由が分かるだろう。
「連載小説ばっかり。これまでの話が分からないし、読む気になれない」
「読み切り短篇もいくつかあるのか。……べつに面白くはないな」
「エッセイ。コラム。なんか知らない人の雑談みたいなものばっかりだ」
「えっ、嘘。これで千円取るの?」
嘘じゃないです。
消費者としてのきみの感覚は正しい。
小説雑誌はいまのところ、まったく面白くない。だから売れていない。とうぜんですね。長きに渡る不況のなかで、ひとびとの経済感覚は研ぎ澄まされている。お金を払うなら、払うなりの体験を保証してもらわないと、財布の紐は緩まない。惰性で買いつづけてくれるひとなんて、いまの時代、そうそういないのである。
ましてや、小説だ。
マンガのように面白いかどうかパッと判別できるものではないから、未知の作家を新しく開拓するためのカタログとしても機能しない。そもそも、日本の小説シーンは長篇小説を単行本で売ることを前提として発展してきている。短篇を読んで愉しむという読者が、培養されてきていない。
では長篇はというと、これも売りにはならない。
じぶんのペースで読めるのが魅力の小説を、なんでわざわざ小間切れで読まなければならないのか。Netflixだって連続ものを一挙配信に切り替えている時代である。毎月毎月、次の回を楽しみにして……という消費者が、どれだけいると思っているのか。舐めてんのかこの野郎。
小説雑誌は小説家のためにあるのだ
じゃあどうして、小説雑誌なんてものが存続しているのか。
かんたんである。
小説家のためだ。
小説家というのは、とかく儲からない商売である。
印税は、よくて10%しか貰えない。1,500円の単行本を売って、150円。初版部数は年々減少の一途を辿っていて、5,000部ぐらいしか刷ってもらえない。一冊の小説を刊行したときの印税額は75万円と相成る。
年収450万円を目指そうと思うと、年に6冊を書き飛ばさなければならなくなる。
ひどい。
あまりにひどい。
でも、これが現実だ。
でも、連載小説という形をとれば、これに原稿料が重なってくれる。
仮に原稿用紙1枚(400字)が4,000円とすれば、月50枚の原稿で20万円になってくれる。これがコンスタントに入ってくれるなら、年に3冊出せば、かろうじて前述の年収は確保できることになる。
小説家として、食べていけることになる。
よく誤解されることではあるが、出版社の実態とは、作家の互助組合のようなものである。ベストセラーを出すことができて、100万部、1,000万部突破という作品を世に出すことができれば大儲けできるが、それ以外の出版はたいていが赤字覚悟のものだ。前述の通り初版5,000部を刷ったとしても、じっさいに市場で売れるのは1,000部足らず、ということもままある。とうぜん、投資額の回収なんてできるわけがない。
その補填を、ベストセラーで得た利益から行っているのだ。
どうして出版社がこういうことをするかというと、社会貢献だとか、出版界全体のためにとか、いろいろ大義名分はあるが、究極的には、「いつか儲けさせてくれるかもしれない作家を抱えておくため」であると言える。
戦国四君が養ってた食客みたいなものだ。
とりあえずメシだけ食わせておけば、いつかなんかの役に立つかもしんねーし、みたいな感覚である。
出版社は作家を搾取して利益を吸い上げる諸悪の根源、というイメージがひとり歩きしているようだけれど、実は、うまいこと利益配分を行っているのだ。
さて、話は逸れてしまったけれど、
かくして、連載小説の発表媒体が必要となり、そこに小説雑誌というものが存在する隙間が生ずることとなる。
ある意味、小説雑誌というものは現代では、読まれる必要さえない。作家に原稿を書かせ、原稿料を支払った時点で役割を終えているのだ。
「あとはべつにいいよ、読んでも読まなくても。
読まれるとは思ってないしね。
いちおう書店には並べておくから、ほかに読むものなかったら買ってみてよ。面白いかどうかは知らないけどね」
そんな編集者のやる気のない声が聞こえてくるようである。
でも、昔はスゴかったんだぞ
で、本題である。
現代の小説雑誌は「原稿料を払ってあげるためのシステム」に堕してしまっているとはいえ、昔はその限りではなかった。
というか、かつては小説雑誌こそが華であったのだ。
冒頭に掲げた二つの引用を、いま一度読み返してきてほしい。
植草甚一先生がここで描出しているのは、昭和40年代、すなわち1970年代のごく一般的な風景だ。
通勤電車のなかで、ぼくたちのようなサラリーマンが夢中になっているのは、ソシャゲでも、週刊少年ジャンプでも、文庫本でさえも、なかった。
われらが小説雑誌であったのだ。
雑誌の時代だった。いや、小説雑誌の時代だったと言ったほうがいいだろうか。
「新潮」「文學界」「群像」などの純文学雑誌ではなく、いわゆる中間小説の雑誌である。大衆文学の雑誌と言ってもいい。
小説雑誌の数は、十誌を下らなかった。
(中略)
1973年には、すでに小説雑誌界の勢いには衰えが見えていたが、やはり主要五誌(御三家に「小説宝石」「問題小説」を加える)の平均部数は軒並み二十万部を超えていて、三十万部に迫る雑誌もあった。小説雑誌の全盛期、1960年代から1970年代半ばくらいまでは、全雑誌合わせて百万~百五十万部を刷っていたのである。
――「ザ・流行作家」校條剛
なんとまあ。100~150万部である。
参考までに、2020年2月に発表された週刊少年ジャンプの発行部数を挙げると、160万2083部だったそうだ。つまり、現在ジャンプを買っているのとおなじぐらいの人が、小説雑誌を買って読んでいたのだ。
まさに、黄金期。
ちなみにこの頃の作家を指す言葉に、”マガジンライター”というものがある。
華やかなりし小説雑誌の紙面を埋めるため、日々大量の小説原稿を書き、その原稿料を主な収入源として食べていたひとたちのことだ。
トップであった川上宗薫(官能小説家)や笹沢佐保(時代小説家)などは、月産1000枚(実に40万字である!)を誇り、原稿料だけで5,000万円を超える年収を勝ち得ていたという。現代ではありえないドリームだ。
ちなみにこの頃、まだワープロなどはない。
月1,000枚を手書き原稿で書く――ということを考えると、いかにものすごい労働量であるかが分かるだろう。
この頃の小説雑誌は、ほとんどが読み切りの短篇メインであった。
その作者たちが振るっている。
植草甚一先生の著書から、雑誌で読んだ作家の名前を抜き出してみると、池波正太郎、山田風太郎、佐藤愛子、森村誠一、野坂昭如、水上勉、田中小実昌、井上ひさし、吉村昭、五味康祐、筒井康隆……とこうなる。
まあ、じつに錚々たる面子ではないか。
言われてみれば、みな多くの短篇を残している作家ばかりだ。その背景には、小説雑誌というリングでバチバチに殴り合っていた時代があったのだと考えると、やはり場所がひとを育てるという側面はおおきいのだなあ、と妙に感心してしまう。
というか、こんな大作家たちが雑誌に毎月毎月読み切りを載せてくれていたのだから、そりゃあ楽しいだろうよ。じつにうらやましい。
生まれ変わったら昭和のサラリーマンになりたい
なんだか本気でうらやましくなってきた。
ぼくだって新幹線の駅の売店で小説雑誌と駅弁と缶ビール買いたい。
そんで池波正太郎の新作が載っているのを目次で確認して「しめしめ」とか思いながら、まずは山田風太郎や五味康祐の剣豪小説を愉しんでから駅弁を開ける。食べながら井上ひさしのユーモア短篇を読んだり、田中小実昌の気の抜けた文体にニヤニヤしたりするんだ。
弁当を済ませたら、缶ビールを開けて、森村誠一の社会派サスペンスにじっくり取り組む。さいきん知った筒井康隆とかいうSF作家もなかなか意表をついて面白いな、なんてひとりごちながらスルメをライターで焙る。
そこでちょっとタバコ休憩。
もちろん昭和だから座席で吸っちゃう。ぼくタバコ吸わないけどな。
社内販売の売り子さんを呼び止めて、二本目の缶ビールを買ったら、水上勉に移る――かと思いきや、けっきょく我慢しきれなくて池波正太郎を読み始めちゃう。
鬼平の世界に浸っているうちに、気づけば手付かずの缶ビールがぬるくなっていて、ほんのすこし目端に涙をにじませてしまう。あーいいわー、やっぱ泣かせるわー、なんて言いながら、座席にもたれて、窓の外を眺めるんだ。
車窓の外はすっかり暗くなっていて、ぼくは東京に残してきた妻子を思ったりするわけだ。いまごろは夕飯時かな、今日はなにを食べてるのかなー、なんて思いながら、出張先での仕事へのやる気を新たにする。
で、弁当ガラと缶のゴミをまとめて、そこに雑誌も捨てちゃおうとするんだけど、ふと思いとどまって、革鞄のなかに突っ込むの。
向こうの旅館に着いたら、川上宗薫読むから。
そんな感じ。
あー。昭和のサラリーマンになりてえなー。
今も頑張ってるんだぞ
まあ最終的に懐古趣味的な方向にいってしまったけれど、出版社の皆さんも「小説雑誌このままじゃあかんやろ」的な危機感は持っていらっしゃるご様子。
ので、さいきんは特集として短篇読み切りを拡充してみたり、長篇の一挙掲載に挑戦してみたりと、けっこう手を尽くし始めている。
なかでも、ぼくがすっごい楽しみにしてたのが、これ。
出た! 「小説現代」さんだ!!!
小説現代、2018年に一回休刊したのね。
出版界で「休刊」って言ったら「いちおう名前を残すために休むっていう態にするけど、じっさいはまあ、事実上の廃刊だよね」っていうことがほとんどなので、ぼくも「あー、ついに来たかー。グッタリだわ」と思っていたわけなんだけど、くわしくニュースを見てみるとどうやら、「2020年3月にリニューアル復刊するよ! もっと面白くて単体で楽しめる小説雑誌を目指すよ! 任せて!」っていうニュアンスだったのだ。
まじかよ?
これってあわよくば、黄金期再来?
ぼくはひとりで、めちゃくちゃ期待してた。
興奮してた。
これはもしかしたら、あの昭和サラリーマンムーブができるのかもしれないと、胸膨らませまくってた。記憶力が貧弱なので何月復刊かを忘れ、定期的に書店の小説雑誌コーナーを覗いては「まだっぽいな……くそ……」などとつぶやきながら、その日を指折り待ってきたのだ。小説現代のTwitterアカウントまでフォローした。
そして、運命の2020年3月!
小説現代は、世間の話題に――ならなかった。
なんかこう……あんまり……変わった感が……ない?
長篇のまるごと掲載は毎号やるらしいから、まあそれは読むけど……って感じ。短篇も多いっちゃ多いけど、連載小説とかもまだあるし、謎コラムも案の定あるし……。
うーん……。
とりあえず今後に期待かな……。
もういいからパルプ小説雑誌つくってくれよ
もう日本版ウィアードテールズつくろうよ。
マンハントとかアメージング・ストーリーズとかでもいいから。くだらなくて下世話でおどろおどろしくて刺激的で退廃的でチープでガチャガチャした感じの雑誌。表紙はなんか半裸の美女かマッチョかモンスターで。そういうの読みたい。ずっと読みたいんだぼくは。まじで。まじで。