黄たまご

夜の幼稚園

そんなに遅い時間でもないのに、
夜はやっぱり夜で、3歳の娘を手の届かない遠い場所に眠らせていた。扇風機の『弱』の風が、かみさまの寝息のように4畳半の部屋に満ちている。

やれやれ、おへそ丸出しじゃないか。
タオルケットをかけてやろうと畳に膝をつくと、娘は口をあんぐり開けて言った。

「自分でやることいっぱいで大変だよう」

それは寝言で、娘はぶうぶう言いながらも幼稚園の決まりごとを一つひとつ指折りしてる。

「自分でやることいっぱいで大変だねえ」
僕もまねして言った。
小さな子どもみたいに。幼稚園に通い始めたばかりのこの子のように、ぶうぶう口を尖らせて。
もう、お父さんがいなくてもいろんなことできるね。

子育ては出会いと別れの繰り返しだ。
母親の体に別れを告げてこの世界と出会う。親から離れて友だちに出会う。そうしていつかはこの家とも別れ、社会に出会っていくんだろう。

手を伸ばせば届きそうな足元で、彼女は一日いちにちと僕から離れるための準備をしている。
親の願いどおりに。

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