喜
2020年7月28日
椅子が届いた。
待ちに待った椅子だった。見た目は普通の椅子なのだが、座ればその柔らかさに心を奪われ、二度と手放せなくなるという。
梱包を解く手も早くなる。ビニールに包まれたその姿は光を反射してとても美しい。
手が椅子本体に触れてしまう。
これが今まで恋焦がれていた椅子なのだ。
身体になんとも言えない、心地の良い電撃が走る。今すぐ頬ずりして、この椅子の素晴らしさに身を沈めたい。
けれどこの椅子に座ってしまえば、もう他の椅子には座れなくなってしまうかもしれない。
しかし、そんなものはすぐに頭から消えてしまった。
気がつくと腰をその上に据えていた。
揺らめく現世の虚ろな幻。私はそれを見ていた。包み込んでくる優しさ。胸にゆっくり拡がる暖かさ。ここには何も怖いものは無いと、そう語りかけられて、私はゆっくりと頷いた。
そうして瞳を閉じると、もうその瞳は二度と開くことは無かった。
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