甘い恋の真似事
俺には美しい彼女がいる。
白くて陶器のような肌に、黒くて指通りの滑らかな髪。
その美しさを保つために、毎日俺は丁寧に髪と肌の手入れをしてやる。
彼女の名は美雪だった。俺は毎晩耳元で彼女の名前を囁き、愛を深めている。
俺が作ったご飯も彼女は美味しい美味しいとにこにこしながら食べてくれるし、俺が疲れて彼女に甘えても、嫌な顔一つせず、にこにこと俺を見ている。
俺は本当に美雪の事が好きだ。そして美雪も俺のことが好きだと信じている。
ある日、会社の同僚から彼女を見せてくれとせがまれた。
俺が彼女の話を聞かれる度に、この世で一番美しいとか、いつも微笑んでいて優しいとか言っているからそんな事を言われたのだろう。どんなものか一目見たくなってしまったのだろうな。
俺だってこいつの立場だったらそう言うだろう。
けれど俺は彼女の写真を誰にも見せないことにしていた。彼女の美しさは、無闇矢鱈に人に見せるものでは無い。
俺だけのものだから。
「なぁ、お願いだよ! 俺の彼女も連れていくからさ!」
同僚が手を合わせ頭を擦り寄せて来る。
写真がダメなら実際に会おうと言うことらしい。そっちの方が難しいとは思わないのか。
けれど、しばらくそうされて、俺も折れてしまった。たまには彼女を他人に合わせるのも良いだろう。こいつも彼女の美しさを見て、俺のことを羨ましがるに違いない。
「彼女が良いって言ったらな」
同僚は顔を上げてにんまりと笑った。
「ありがとう! じゃあ今週土曜日な!」
同僚はそう言うと去ってしまった。
まだ美雪には連絡していないが、彼女はどんな反応をするだろうか。
自宅に帰ると早速彼女に報告した。彼女はいつもの笑顔を浮かべながらそれを承諾した。相変わらず優しい子だ。
本当に、俺にはもったいない。
土曜日。
彼女を支えながら彼女を待ち合わせ場所に連れて行く。
「あ! 来た来た。おーい、こっちこっち」
同僚が手を振っている。隣には華奢なワンピースを着た女性が立っていた。確かに美しい人だ。世間一般的には美人だろうな。
だが、俺の美雪には勝てっこ無い。
「何だお前、そんなに大きな荷物抱えて……」
彼女を見た瞬間、同僚の顔が凍りついた。隣の彼女も示し合わせたかのように同じ顔をしている。
「お、お前……それは……」
「あぁ、紹介するよ。彼女が俺の恋人の美雪だ」
同僚とその彼女はそれを聞いてあんぐり口を開けていた。
それもそうだろう。こんなに美しい人が俺の彼女だなんて、俺も信じられない。同僚の彼女も、美雪を見て自分の至らなさを自覚しただろう。
そのくらい、美雪は綺麗なのだ。
「あ、あの……それが…………彼女?」
ワンピースの女はそう言いながら美雪を指差す。
「はい。なにか?」
少し威圧的になってしまった。確かに美雪が俺の彼女だなんて信じられないだろうが、そんなに疑うことはないだろう。初対面で失礼だな。
「なにか……っていうか…………人形……」
「違いますよ」
時々こう言われるのだ。美雪があまりにも美しすぎるからか、彼女が人形なのではないかと疑う輩が時々出て来る。
本当に、本当に失礼だな。
そのくらい美雪が美しいのは認めるが……
「あー…………いや、そうだ、そうだな。それがお前の彼女だな。うん、そうだ。お前が言うならそうなんだろう」
「え? でも……」
そう言う彼女の肩を同僚は抱いて、そっと耳打ちする。
女は俺に向かってやけに明るい笑顔を向けてきた。
「ごめんなさい。綺麗な彼女さんですね」
女はそう言うと顔を伏せて同僚の腕に絡みついた。
「行こう」
「あぁ」
俺は二人の後ろを追った。
途端、女が座り込んだ。
小さな声でうめき声まで出している。
二人が立ち止まったから、俺も立ち止まる。
しばらく同僚が背中をさすってやっていたが、小さく振り返って申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん、彼女体調悪いみたいで……また今度な……」
「そうか。じゃあまた今度」
そう言うのなら仕方が無い。俺は踵を返して帰路についた。
家に帰り、美雪を椅子に座らせてやる。
美しい髪を梳かし、肌についた汚れを取ってやる。
寝巻きに着替えさせると先に美雪は眠ってしまう。
こんなところで眠ってしまうなんて、可愛い奴め…………
俺と美雪の手が重なり合い、俺は美しい夢を見る。