【短編小説】曇りの日のデイドリーマー
涼しい風が吹いている。
顔を撫でて、心地よい。
鬱憤を溜め込んだような曇り空が、怠けるような朝を彩っている。
こんな朝には散歩がしたくなる。いつも乗っているバスを無視して歩き出す。
このバスに乗らないことは遅刻を意味するが、どうせ僕が遅刻しようが淀みなく会社は回るし、こんな僕の為のような朝を、僕が歩かなくてどうする。
歩きながら、考え事をするのが癖だ。
考え事をしていると、次第に道も見えなくなっていって、僕の頭の中の世界と、現実世界との境界線がぼんやりしてくる。
街は姿を変えていく。
上空には観光用宇宙船が停泊していて、続々と宇宙人が降りていた。
大きな地球がビルの間に浮かんでいて、この地を照らし出している。
タイヤの無い車が浮きながら走行し、街ゆく人は静かに歩いている。
僕はその中を歩いていく。
そうだ、僕は仕事になんて行かなくて、このまま遠い街に行って消えてしまうんだ。
消えてしまうために僕は歩いているんだ。
目を瞑ったまま少しだけ歩いてみた。目を瞑っても僕はこんなに歩けるのだ。
向かう所敵なしだ。僕は何も怖く無い。
柔らかな光が降り注いでくる。
中に浮いた観光客も、皆両手を伸ばして楽しそうに笑っていた。
楽しくステップを踏んだ。今日は陽気で楽しい日だ。
これから消えてしまうと言うのに、どうしてこんなに楽しいのだろうか。
消えてしまうから楽しいのだろう。
そうだ、きっとそうだ。
妄想が剥がれてしまわぬよう、頭で必死に押さえつけながら歩いていく。
このままどこにも行かず消える。消えてしまう。僕はどこにも向かわない。
「おい、遅刻だぞ」
僕はデイドリーマー。夢の中だけで生きている。僕は白昼夢を見る。白昼夢だけが現実で、他には何も無い。
あぁ、こんな気分の良い朝は他にはない。
どうしてこんなに楽しいのだろうか。
「なぁ! おい、聞いてるのか」
この階段を登れば、宇宙船の停泊場だ。
宇宙船に乗ってどこかにいくのも良いかもしれない。
「おい! 止まれ! 何してるんだ」
宇宙船は停泊場に停まっていた。タラップに足をかけて宇宙船に乗り込む。
「おい! 早まるな!」
宇宙船に足を踏み入れた時、身体がバランスを失って地面に落下していく。
曇り空が、僕を祝福していた。