【短編小説】恋心がわからない

恋心が分からない。
私もかつて恋をしてそれに絶望したりしたはずなのに、もう思い出せない。分からない。
恋の話をされると、脳みそがエラーを起こす。
何を考えて良いのか分からなくなる。
0の入力を想定していなかったエクセルみたいだ。
何度エンターキーを押そうが計算結果は変わらず訳の分からない英語と記号の羅列。
理解できない。人に恋をしながら生きている人間が。

なぜこんな事を話しているか。
私は告白を受けている。
バイト先の後輩だ。
私より後に入ってきた、ひとつ下の後輩。
帰り道、駅までの道で突然。
先述した通り、脳みそがエラーを起こしている。
けれど何か答えないといけない。流石にここで逃げるのはマズい。コミュニケーションがいくら苦手だからと言って、逃げて良い場面では無い。
後輩は、雨に濡れた仔犬のような顔をしている。
図体はデカいくせに気が弱い彼の性格がよく表れている。
そうだ。
こいつは、いつも要領が悪くて、見ていてイライラするのだ。
バイトでも、いつもミスばかり。怒ると異様に落ち込むから優しく注意しているが直らない。
一度、分からないところは聞きやすいですと言われたことがあるが、いい迷惑だと思った事もある。
私が人に教えるのを嫌っている事を抜きにしても、声をかけて欲しくない。
もしかして、私が優しく声をかけたのを好意と思われたのだろうか。
違う。それはお前が傷つきやすいという顔をするからそれが不快で、それを避けたくて、優しいふりをしているだけなんだ。
勘違いをしないでくれ。
別に人間としてダメだと言っている訳ではない。いや、私はそう思っている節もあるが。
きっと、そんなダメなところも、愛せば良いところだが、私は愛していないのだ。

けれど私が、断って良いものだろうか。
恋人もできずに二十余年。
このチャンスを逃せば、私にはもう未来はないのでは無いだろうか。
他人をこうして見下し、嘲笑う。そんな私の事を好きになるような馬鹿は、もう現れないのでは無いだろうか。
私に、断る権利など、そんなものは無い。

後輩の顔を見る。同じように、仔犬のような惨めな顔。

どこを愛せと、どこを愛して欲しいと言うのだろうか。
意志も何も無いまま、ただ好きだと、その一縷の想いに振り回されて、こんな事を口走っているのか。
髪は整えているのだろうか。洋服はカラーリングを考えてコーディネートしているのだろうか。化粧水はつけているのだろうか。家事は一通りできるだろうか。出来なくても、やろうとしているだろうか。相手の立場に立って考えることができるのだろうか。強く生きようとしてみたことはあるのだろうか。
私の個人的なイメージでは、後輩はそれを何もしていない。こんな、最低限な事すらも。
そう思ってしまうと、目の前のこれは、激しく哀れで下品なものだと思えて。
そばに近寄って欲しくないとも思った。

「ごめん……無理……」

後輩は泣き出した。
虫唾が走る。


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