『マザー・スノー』汝、記憶とともによみがえれ。
「ボスにとっては、
まるで『一日は千年のようであり、千年は一日のようである。』」
宇宙人アデルは、宇宙船の窓から遥か遠くに瞬く銀河のネオンを眺めつつ、そうつぶやいた。
「それは、えらい難儀な時間感覚で生きてはるヒトなんやなぁ。」
ふたりで作った料理『UFO焼き』の目玉焼きの部分を箸で突きながら、てきとうなことを言う私をアデルは『ハハハ。』と笑う。
「前の人生の君はね?たくさんの人たちの母親だったんだよ。」
「それって、大家族スペシャルに出てくるような、朝から晩まで洗濯物干してます、みたいなオカン?」
恐らく『うげぇ。』という顔をしながら、私は返事した。
「違うよ。君は独身だった。だけどみんなから愛された、みんなの『ママ』だったんだよ。」
そう言いながら、アデルは私の目の前に座った。そして静かに私の頭を両の手でつつみ、自身のおでこを私のおでこに合わせて言った。
「汝、記憶とともに、よみがえれ。」
すると私の視界はたちまち一瞬のうちにして、眩しいグリーンの光に包まれた。
そして何もかもを思い出すのだ。
~あの時、『あたし』は自分の店のカウンター内で突然倒れた。
常連客で、お調子者の営業マン『ベーヤン』が、普段見せたことも無い深刻な顔であたしを見ている。
同じく常連で大学の保健師である『アオイさん』が、あたしに心臓マッサージをしている。
チーママの『アユミちゃん』は、真っ青な顔をして泣き叫んでいた。
そう、あたしは『ママ』だった。確かに間違いなく『ママ』だった。
大阪の下町にある商店街『スナックみゆき』の、『美幸ママ』だったのだ。~
ゆっくりと目を開けると、まばゆい光は消え、目の前に薄っすらとアデルの顔が映る。
『私』の瞳は涙でにじみ、視界はぼやけたままであった。
「私・・・。いや、『あたし』、なんでこんな、大事なこと、今まで忘れとったんやろお・・・。」
年甲斐もなく、嗚咽に近い泣き声を上げてしまった私を、アデルは黙って抱きしめた。
「私は、美幸ママみたいには成られへん!
あんなにお客さんに愛されるような、そんな人間じゃない!私は全然、優しく成られへん。私は客商売に向かへん。バイト先でも、イライラしてばっかで。私のことなんて、きっと誰も好きじゃない・・・!!」
口を開けば、弱音がとめどなく溢れて止まらなかった。
バイト先のドラックストアで常日頃、一部のお客さん達から受ける理不尽な仕打ちに対して、私は『人間そのもの』を嫌いになりかけていた。
だからそんな私が、心に傷を負った人たちをカウンセリングするような大それた役割、引き受けることなど不可能であると本当に思った。
そんな弱気になった私のことを抱きしめながら、アデルは言った。
「いい?よく思い出して。
たとえ嫌なことをされても、君はいつもきちんと笑顔で対応してあげていた。
そのあと二度目に来たお客さんは、それから君に対して、ぜったいに嫌なことをしたことがないんだ。本当だよ?だから信じて。」
私はアデルの目を見た。長いまつ毛に、まるでガラス玉のようなファウンテンブルーの大きな瞳だ。
その瞳の奥深くに、不思議とアデルの言う『ボス』の存在を感じ取ることが出来た。
人々を愛し見守り続ける彼らの任務を全うすべく、彼らの内側から常に情熱を与え続ける、その果てしなく広く深い存在に、アデルを通して触れることが出来た気がした。
だから私は『あたし』と、今の『私』とを信じることにしたのだ。
私は、私の役割を全うする。