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『マザー・スノー』龍の記憶~消えかかりの未来にて~②(病み回注意)

俺は、おそらく痛みに鈍い。自分の表面に膜が張ったような感覚が、幼い頃から常にある。


自分の身に起こっていることでも、どこか他人事のように捉えていた。


そう捉えていないと、多分身が持たなかったのかもしれない。真剣に自分の痛みと向き合って生きていたら、今まで生きていられなかったんだと思う。


家自体は裕福だったから、パソコンもスマホも買ってもらえて、インターネットも接続できた。


だから、ネットで調べたらいくらでも出てきた。自分みたいな境遇の人間は、割とこの世に存在するのだと。それがわずかな慰めだった。それを知らなかったら、耐えられなかったかもしれない。


ブタゴリラである俺の父親は、『俺が母親のように弱い人間にならないように。』というもっともらしい理由をつけては、俺を殴りつけた。


金以外何もない自分自身に対する苛立ちを、正当化しながらストレス発散していたんだろうな、と今では思う。


あいつは『努力』とかそういう、地道なことから全部すり抜けて生きてきた怠惰な人間のくせに、下手なプライドだけはスカイツリーよりも高かった。


上二人の優秀な兄たち(俺の叔父たち)と自分を比べ、内心ヤキモキして生きていたに違いない。知らんけど。


俺が起きているときは、そうやって『しつけ』という大義名分を掲げて手を挙げ、俺が寝ているときは、時折、俺の布団の中に入ってきた。


正直、こちらの方が精神的に堪えた。
俺が成長していくにつれ、面立ちが段々と母親に似てきたからなのだろうか。
自分が何をされているのかくらいは、もう充分理解出来る年頃だったから。


俺はひたすら、眠ったふりをして耐え忍んだ。
『これは悪い夢で、俺は今、ここには居ない。触られているのは、俺の身体ではない。こいつは俺の中に、俺の母親を見ているに過ぎない。』
頭の中で必死にそう繰り返しては、この重苦しくも卑猥な肉塊が、一刻も早く自分から離れ去ることを願って、目を瞑ったままひたすら耐え忍んだ。


そんなことがあった次の日、大体ブタゴリラは丸一日家にいなくて、そのあと何事もなかったかのようにデパートに連れて行っては、何か買ってくれることが多かった。そうやって俺は、あいつに飼いならされてきたのかもしれない。


だけど俺の精神状態は、15で家を出るまで、今思えば最悪だった。


身体をやたら服越しにこすっては、身体に残る不快な感覚を無意識に取り除くのが癖で、身体中にいつも薄っすら血がにじんでいた。両腕にびっしりと自傷癖もあった。


ただただこの身体中にこびりついた感覚を、洗い流したかった。
だから、ブタゴリラとは真逆の存在である、穏やかな雰囲気で、柔らかそうで、良い匂いがする女の人たちに次々と声をかけては、夜中に彼女たちのあとを着いていくことが、自然の成り行きで多くなっていった。
人のごった返す街中に居るにも関わらず、どこかここに居るようでここに居ないような、そんな儚い空気をまとう、寂し気な女の人を探して自分から声をかけた。


彼女たちは俺の身体を見ると、黙って薬箱を取ってきて、俺の身体に軟膏を塗ってくれた。
暖かいカップスープを飲ませてくれて、寄り添ってくれた。
中には『私も同じことをされてた。』と言って、俺の頭を抱きしめては、小刻みに震えながら泣いていた人もいた。
彼女たちのやさしい腕の中で眠った時、それまでの眠りが、いかに浅いものであったのかを思い知った。


 

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