『マザー・スノー』お台所と、ゆうふぉう焼き①
ホグワーツの卒業生も真っ青な変身魔法で、無色透明なガラステーブルを一瞬のうちに『キッチン』に変えてしまったアデル。
しかし『キッチン』と呼ぶより、それは『台所』と呼ぶに相応しい、どこか古めかしい感じの佇まいだった。
台所のコンロ台には白と水色のタイルが敷き詰められており、ひとくちコンロが置かれている。コンロ台の余ったスペースには、コーン缶の空き缶に菜箸やオタマ、フライ返しが刺さっている。
流し台はアルミ製で、熱いお湯を流すと『ベコッ』と音を立てて凹むタイプのものだ。
蛇口は学校の水道でよく見るのと同じやつ。
流し台とコンロ台の間の調理スペースは、小さいまな板がひとつ置けるくらいの不便な狭さだった。
「料理って、普段したりするの?」
どこからともなく現れた小型の冷蔵庫を開け、中身を確認しながらアデルは尋ねた。
「ほとんどしない。というか、やらせてもらえない。」
「ふうん、そうなんだ。」
優希の母、美栄子は娘の優希に、なぜだか料理をさせたがらない。そのくせ、かつてのママ友などの知り合いには「うちの娘は料理のひとつも出来ない。私が甘やかしてしまったから。」と言っていたと、優希は人づてに聞いた。
「キャベツが4分の1、にんじんが半分、卵とベーコンか。なるほどなるほど・・・。」
しみじみと冷蔵庫内を見回したかと思いきや、アデルはおもむろにキャベツを鷲掴みにし、振り返ることなく優希に手渡した。
とっさに両手で受け取る優希。それから、にんじん、ベーコンを次々受け取った。
卵はふたつ、大事そうにアデルが両の掌でそっと運んで、調理台の布巾の上にやさしく置いた。
流し台の下の開き戸を開けてフライパンを取り出し、ひとくちコンロの上に置く。コンロ台下の開き戸からは、一人暮らしサイズのサラダ油を取り出しては、慣れた手つきで宇宙人がフライパンに適量を注ぐ。
引き出しから小さめでプラスチックのまな板と小ぶりの包丁を取り出して、アデルは顔だけ優希の方を向いて「にんじんを頂戴?」と言った。
手慣れた感じのアデルの所作に見入っていた優希は、はっ!として慌ててにんじんを差し出した。アデルはそれを丁寧かつ素早く細切りにし、「他の具材はまな板の上に置いて、先ににんじんを炒めといて?」
「あ、はい。」思わず敬語になる優希。菜箸をそろりと取り出し、慣れない手つきで炒めてみる。
「火の調節して、焦げないように見ててね。」
そう言いながら、キャベツも同様に細切りにしていくアデル。
ザクザクザク・・・。テンポよく聞こえるキャベツの音が、なんだか小気味よい。
「はい、わかりました。」そう言いながら、すっかり敬語になってしまった優希はコンロの火力を中弱火に弱めた。
(なんでこの宇宙人は、こんなに台所仕事に慣れてるんや・・・?)
優希の疑問などお構いなしに、キャベツの音色は耳に心地よく鳴り続ける。