えほん・わが町の民家 住吉・住之江「紀州街道周辺の民家」⑥住吉の長屋
今から36年前の1987(昭和62)年に上方市民情報社が発行した、島田アツヒト著『えほん・わが町の民家 住吉・住之江』に載っている民家、熊野街道周辺民家16戸(+参考民家1戸)と紀州街道周辺の民家10戸の場所の、昭和時代と令和となった今を見比べてみようと思いました。
先ずは熊野街道周辺の民家から順に見比べていくことにして、昨年9/13(火)から17回に亘り見比べてきましたが、先週1/17(火)で終了しました⤴
そして、1/30(月)からは紀州街道周辺の民家を見ていくことにしました。
第1回目は「松本仁三郎家」を紹介しました⤴
第2回目は「六道の辻付近」を紹介しました⤴
第3回目は「飾り灯籠のある家」を紹介しました⤴
第4回目は「さつま焼本舗 末廣堂」を紹介しました⤴
そして、前回の第5回目は「長屋門」を紹介しましたが⤴
紀州街道周辺の民家の第6回目は、住吉区住吉2-5の「住吉の長屋」を紹介します。紀州街道周辺の民家案内図の58です。
この絵は今から37年前、1986(昭和61)年3月26日(水)に描かれた、住吉の長屋です。
MEMOにある、西側の青空ガレージは現在のアパマンショップパーキングだと思われますが、
その東側は更地になっていて、その後方には新築の家々が建ち並んでいました。
Googleマップのストリートビューを確認すると、今から14年前、2009(平成21)年11月の写真が残っていました。今更地になっている場所には既に長屋はありませんでしたが、新しい民家が建っていました。
住吉の長屋跡地に行った後、住吉っさん(住吉大社)の摂社「大海神社」にも立ち寄りました。
大海神社は海の神様で、1708(宝永5)年に造営された社殿は、住吉っさんの本殿よりも古く、本殿と接続する「渡殿」と共に国指定重要文化財となっています。因みに、住吉っさんの本殿は全て1810(文化7)年に造られました。
大海神社から種貸社の方へ行くと、東京の立浪部屋の幟が立っていました。毎年この時期、大相撲大阪場所に合わせて立浪部屋の力士さんが住吉っさんで合宿しています!!
フェンスで囲まれた中に土俵があり、コロナ禍の中で中断していましたが、今年は土俵内での稽古を見ることが出来るかもです?中止の張り紙がありませんでした!!
今の時期は、住吉っさん周辺で時折お相撲さんと出会います~お気に入りのフード店もあるようですよ📷店内に写真を貼っているお店があります!!