住吉界隈いま・むかし[32]【圓山(現社南町会)】
『住吉界隈いま・むかし』は、1918(大正7)年生まれの白井伊之助さんが記憶と想像で描いた昔の「住吉界隈」(住吉区の西半分と住之江区の東半分 ※ 住之江区は1974(昭和49)年7月22日に住吉区から西部を分離して成立)と、同じ場所で撮った1980(昭和55)年(古くは明治時代)と現在の写真を見比べて移り変わりを見てみようとする企画です。
「阪神沿線×タイムスリップ写真館」を見て我が町でもやってみようと思い立ちました。
これまで31回に亘り、次のスポットの移り変わりを見てきました。
① 帝塚山古墳 (帝塚山西2-8)
② 青果市場 (上住吉2丁目16番付近)
③ 住吉座 (上住吉2丁目13番付近)
④ 墨江村大字上住吉 (上住吉1丁目付近)
⑤ 大正末期の蹄鐵工場 {万代6丁目9番(ガソリンスタンド横)}
⑥ 細江川 (細井川)
⑦ 墨江村大字遠里小野 (墨江東7丁目付近)
⑧ 墨江園 (墨江2丁目4・5番)
⑨ 止止呂支比売命神社(若松神社) (沢ノ町1丁目10番4号)
➉ 墨江村大字澤の口 (現墨江4丁目5~7番付近)
⑪ 墨江村大字殿辻 (墨江2丁目付近)
⑫ 昭和初期の墨江尋常高等小学校 (墨江2丁目3番46号)
⑬ 津守寺 (墨江2丁目3番46号)
⑭ 墨江村大字千躰 (墨江1~3丁目・千躰1・2丁目))
⑮ おいとしぼし大神 (墨江2丁目8番)
⑯ 正印殿 (墨江2丁目7番20号)
⑰ 後村上天皇行宮正印殿趾 (墨江2丁目8番)
⑱ 墨江村大字南浜口 (墨江3丁目9番・17番付近)
⑲ 昭和初期に出来た濱口市場 (墨江3丁目21番付近)
⑳ 大正時代の墨江村の風景の一部 カキ氷屋 (墨江3丁目16番)
[21] 端午の節句 (墨江3丁目15番)
[22] 墨江村大字浜口 (墨江3丁目12~15番)
[23] 墨江村大字浜口(長居公園通)
[24] 墨江村大字浜口(墨江1丁目10番)
[25] 墨江村大字浜口(墨江1丁目8番)
[26] 墨江村大字浜口(端午の日の子供)(墨江1丁目10番)
[27] 墨江村大字浜口(鮒取り)(墨江1丁目10番8号)
[28] 住吉名物難波屋の笠松(現住之江区安立1丁目1番20号付近)】
[29] 霰松原(現住之江区安立2丁目11番付近)
[30] 墨江村大字島(現住之江駅前通り東側:住之江区住之江2丁目)
[31] ほし店(現住吉税務署裏一面)
住吉界隈いま・むかしの第32弾は、圓山(現社南町会:住吉2丁目の一部)を紹介します。『住吉いま・むかし』P.62~63からの転載です。
現在、社南町会は住吉2丁目の一部ですが、かっては上住吉町の一部でした。"社南"と言うのは住吉っさん(住吉大社)の南側に位置するからですが、この辺り一帯は湿地帯で葦が生え、中央には小高い山「圓山」があったとは😲
42年前の写真と今の写真を見比べると、かっては「〇吉温泉」という銭湯があったようです。銭湯の右側の民家は現存しています。あと、細井川(細江川)に架かる橋は新しくなっています。
現在駐車スペースとなっている所に、かって銭湯があったようです♨
しかし、昔はこの近くにも銭湯があるほど多かった銭湯ですが、今はホンと残っているのは僅かですね。昨年も身近な所の銭湯が2店廃業しました。
圓山があったという「社南町会」と言えば、住吉っさん(住吉大社)の御田の秋の風物詩「住吉かかしプロジェクト」の案山子を毎年真っ先に立ててくれている皆さんがいらっしゃいます!!今秋もどんな案山子が登場するのか楽しみです!!
住吉かかしプロジェクトの詳細はこちらをご覧下さい⤴