短編小説「勝手なメロディ」

幼少期の記憶はBee Geesから、と言ってもいいほど、母が良く車で流してた彼らの音楽。
今回はその記憶を辿りながら、彼らの音楽の中でも好きな”Words”を着想にした短編です。

いつも側で支えてくれる全ての人へ感謝の気持ちを思い起こさせます。

生かし、生かされる全ての人と言葉と音楽に
ありがとう。これからもよろしくねと心から。

                きみしろみ


行き先も分からず、車に揺らされるがまま、
今日はどこに向かうのだろう。
スーパーか、それともただのドライブなのか。

運転席ではハミングしながら歌詞を口ずさむ母親がいた。メローな音楽に耳を傾ける両親とはなんだか世代の違いを感じる。

ミニ軽自動車の廃れたカセットに、ブルーのテープを差し込んで、またメローな音楽が車内で響いた。

「また同じ音楽かけるの?つまらないよ」

母はひたすらハミングを続けて何も答えない。

「もうウンザリしちゃうよ」

音楽が鳴り止んで彼女はやっと口を開いた。

「運転してるのは私。好きな音楽を聞かせてよ」

信号待ちの隙を見て、カセットを最初の音楽に戻す。

嫌がらせなのかと思う私は、口をつぐむことにした。このメローソングから意識を薄れさせるのが最善策だと思い、車窓で過ぎゆく景色を眺めることに全集中した。

絵の具で書かれたような、イチョウの木がずらりと過ぎゆく。坂道を必死に自転車を漕いでいるママさんも一緒に。部活帰りの高校生もはしゃぎながら家路に向かっている。

それぞれの目的に向かって過ぎさっていく。
子供心ながら、今日と同じ景色ってもう辿ることができないのかと感傷に浸ってしまう。

母のこのハミングしてる姿も、この音楽も
何回も見てきた。ウンザリさえしながらも、
どこか切ない気持ちになってしまう。
思わずバックミラーに映る彼女の運転姿に視線を向けた。

「そんなに嫌なの?分かったわよ。もう変えるから、これだけ、もう一度聴かせて」

今日だけで5回は流れたこの音楽。
母のハミングがリプレイされていく。
私は思わず歌詞を口ずさんでしまった。

ウンザリしていた音楽なのに、しっかり頭に残っていた。そんな違和感を感じながらも、
最後まで歌いきった。

「センスが良いのは誰のおかげ?」

笑いながら彼女がミラー越しに私を見つめる。
恥ずかしくなり車の奥で塞ぎ込んでしまった。

「きっとまた聴きたくなる日が来るよ」

彼女はそう言いながら、カセットテープを変えた。それはもう、メローな音楽ではなかった。

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