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短編小説「僻地のテキーラ」

僕の生まれたメキシコの僻地、ミランディリアスは世界から一線距離を置いた街だった。

小さい頃は庭で畑仕事をする母の背を見ながら、父から譲り受けたオンボロの自転車で
何もないカラッとした土地を永遠に回ることが遊びだった。

どこまでも赤土の平面が広がる景色とカラッとした熱い空気。

空気には少し砂埃が混じっていて、ここにしかない香りが漂う。

父は家畜に餌をやり、昼には食事のために家に戻ってくる。

広々した畑にぽつんと浮きたつ瓦屋根の家は、父が結婚手前に手作りで建てた家だ。

赤土と水を程よく混ぜ合わせて、河原と木で作った家の柱の隙間に粘土になった土を埋めながら壁を作っていく。

シンプルな暮らしには十分な家だった。

母は庭仕事を終わらせ、芋と人参と鳥の煮込み料理を作って彼を待っていた。

遠くから麦わら帽子に茶色のボタン全開の半袖シャツを来て歩いてくる男がいる。

髭は程よく伸びていて、茶褐色に日焼けした肌はどう見ても父なのであった。

「ご飯できたわよ、ホセ」

母は料理を皿に盛りつけ、ショットグラス、テキーラ瓶をテーブルに置く。

父は洗面所で顔を洗い、シャツで水を拭いた。全身日焼けしているのに頬が真っ赤になっている。

「これがないとな」 
ショットグラスに酒を注ぎ、一口で飲み込む。

僕は毎日この父の姿を見て、男というのはこういうものなのだと思っていた。

「お父さん今日はサントアンジェロの近くまで自転車で行ったよ!」

「そうか、それはすごいじゃないか。自転車も古いんだから気をつけなさいよ」


母はその間、妹に母乳を飲ませていた。
僕は父の隣に座り一緒に昼食を食べた。

その平凡な景色を日々思い出す。40代となった今、僕は東京の外資系企業でエンジニアとして働いている。

故郷の僻地から世界3大経済大国の中心地で暮らす。ぱきっとしたスーツを着て、電車に乗り、50階もあるビルのエレベーターに乗り込む。

この20年間、夢のような日々を暮らしている。

自分の手でここまで生活を築いた誇らしい感触があると同時に思いの矛先はいつもあちら側に向いている。

カラッとした暑さを帯びる空気、父が帰ってくる姿、母の料理を作る横顔。

あの幸せと同等の幸せは他にあるのだろうか。

部屋に戻るや否や、よく実家のラジオで流れていたマリアッチの音楽を流す。

棚からテキーラを取り出す。

父が日頃から飲んでいた安いテキーラは3本常備している。至ってシンプルなショットグラスに酒を注ぎ、一口でグッと喉奥にかきこむ。

喉元を過ぎる焼けるような暑さと、地元の空気が交差する。

「ルカ、ご飯できたわよ」

妻がテーブルに味噌汁と焼き魚と白米を運ぶ。
僕はテキーラを継ぎ足した。

誰にも説明しようがない感情を酒とともに流し込む。

陽気な音楽が静かな部屋に響いていた。

どんな場所も、どこからも離れた僻地だった。


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