短編小説「かたち」
愛について皆さんはどう思うだろうか。
僕は多様され使いこなしているようで、その実態を理解できて居ない人が多いと思う。
「愛とは」と多くの哲学者がうん百年に渡って語っている側から、恋愛本でも「愛される10の秘訣」、「自分を愛する方法」とかの切り口で、愛という壮大さを形付けるものが世の中に行き渡っている。そしてそれを熱心に探求する人間がいる。
僕はそんな愛を軽々しく口にしたことはない。なぜなら、それが真摯でもなく紳士らしくもないからだ。
感じたことも、実態が分からないから正直あるとは言えなかった。彼女と出会うまで、僕はそういう形づける愛についてふつふつと思うことがあった。
僕は会社員をしながら趣味がてら陶芸をしている。SNSに投稿しては、いつしかフォロワーや購入者までつくようになった。
ある秋の寒空の日、彼女はDMで、オーダーメイドの作品を依頼した。今まで個人に向けて製作をしたことなんてない。
「内容によりますが、可能ですよ。詳細を教えていただけますか?」
と取り敢えず返事した。僕だって、プロでもない。とんでもないものは作れない。
例えば「江戸時代に突如降り立った恐竜をモチーフにした花瓶」なんて言われたら全くピンとこない。
「ありがとうございます。コーヒーカップを依頼したいです。カップの底に花形が付いたシンプルなものです。色は、ブラックコーヒーよりは少し明るいくすんだ茶色の塗装でお願いしたいです。」
そんな出会いから始まった僕たちの交流は純粋で無垢なものだった。
2020年春、僕たちはいつしか10年来の仲のような深まりある関係となった。
ほぼ毎日顔合わせをしているような、そんな気がした。カフェやバー、山登りや釣り、何かと思い出を作り時だけが、光の速さと追いかけっこをしているように過ぎた。
桜の蕾が咲いていた。
僕たちは、その日も変わらず公園で夜が更けるまで語り合っていた。
桜を眺める僕の耳には彼女の一言だけが、壊れたレコードのように何度も繰返し流れていた。
「私は、あたなを愛している。」
僕は動揺していた。愛を真っ直ぐに伝える彼女の目から、視線を反らさなかった。
「愛してる。これは、説明するような境界線や形があるものではないの。あなたに愛を感じている」
彼女はそう言い、いつもの会話のごとく続けた。
「付き合うとか、性としてとか、友達としてとかそういう枠組に嵌るものじゃないの。今は誰とも付き合おうという感情はない。ただ、あなたをこの世界の、唯一無二の存在として愛している。大事に思う。かけがえないと思っている。そういう大きな感情なの」
僕はハッとした。彼女の言葉は、その壮大さに囚われないかたちで僕の心にしっかりと残るものだった。
「僕も君に対して同じ感情を持ってる。枠に嵌るようなものではなかった」
僕は追求せずとも、初めてそのかたちを理解し感じられた。
僕たちは、一缶のビールを片手にその夜も日が昇るまで語り合った。幸せというのは、そういう言葉だけで感じられるものだった。
帰り道、自転車を止めて日が昇る空を見届けた。
耳からは、ニーナシモンの「The look of love」がささき声のごとく心地良く流れた。
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