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夢ファイル #006『眠れる街』

夢ファイル #006 『眠れる街』 

📁 記録者:貴美子
📅 日付:20XX年XX月XX日
📍 ファイルステータス:未解決


「ねぇ……あなた、最近ちゃんと眠れている?」


朝が来ても、体がだるい。
布団の中にいても、心が休まらない。

“眠れない”というのは、何も夜だけの話ではないのよ。
忙しさに追われ、思考を止められず、休息すら忘れてしまう。

そんなあなたに……今夜の夢ファイルをお届けしましょう。
“眠ることを許される街”の話を──。


終電を逃した夜

🚉 23時58分、新宿駅。

「……最悪だ。」

相沢修司は、ホームの電光掲示板を見上げてため息をついた。


終電が、目の前で行ってしまった。

タクシー乗り場へ向かおうとしたが、長蛇の列。
仕方なく、歩いて帰ることを決めた。

街はまだ、人々のざわめきに包まれている。
ビルのネオンが光り、通りには酔ったサラリーマンや若者たちの笑い声が響く。

しかし、彼の頭はぼんやりとしていた。
体は鉛のように重い。

「もう何日、まともに眠っていないだろう。」

深く息をつき、静かな道を選んで歩き始めた。


静寂の道

やがて、修司は見慣れない細い路地へと足を踏み入れていた。

🚶‍♂️ 街の喧騒が、急に遠のく。

「……こんな道、あったか?」

知らず知らずのうちに、空気が変わっていることに気づいた。
さっきまでいた繁華街の明るさは消え、街灯の灯りがやわらかく揺らいでいる。

静かだった。

あまりにも、心地よい静寂。

🌬️ 風がそよぎ、ほんのり甘い香りが漂ってくる。

カモミールやミントのような、穏やかで優しい匂い。
懐かしさを感じる、不思議な香りだった。

足元を見ると、舗道には落ち葉が積もっている。
まるで、秋の森を歩いているかのような錯覚を覚えた。

ふと、前を見上げる。

その時──


『月眠』との出会い

ひとつのカフェが、ぽつんと佇んでいた。

🏠 『月眠(つきねむ)』

柔らかなオレンジ色の灯りが、ガラス窓から漏れている。

黒い木製のドアには、小さな金色のプレート。
そこには、古風な筆記体で店名が刻まれていた。

「月が眠る場所、か……?」

どこか、静かに夢へ誘われるような雰囲気だった。

ドアの隙間から、紅茶のような香りが漂ってくる。

温かく、甘やかな香り。

そして、遠くから微かに──

🎶 ジャズの旋律が流れていた。

その音は、まるで眠る前の子守唄のように、優しく揺れている。

「……少し、入ってみるか。」

誘われるように、修司は手を伸ばし、そっとドアを押した。

🔔 カラン……カラン……

小さなベルの音が鳴った。

その瞬間、空気が変わった。

先ほどまでの街の静けさとは異なる、穏やかで温かい“休息”の気配が満ちている。

まるで、ここだけが世界から切り離されたような──そんな感覚だった。


静寂のカフェ『月眠(つきねむ)』

ドアを押し開くと、ふわりとした温もりが迎え入れた。
店内には、心地よいジャズが流れていた。

低音のピアノと、柔らかく響くサックス。
その旋律は、まるで夜の帳の中に溶け込むようだった。

ふわりと立ち昇る紅茶の香り。
心の奥に静かに染み渡るような、優しい空気が広がっている。

修司は、店内をゆっくりと見回した。


📚 壁には無数の本が並び、どれも使い込まれた古い装丁。
🕰 振り子時計がゆっくりと揺れ、時を刻む音が静かに響く。
💡 暖色の灯りがぼんやりと空間を包み込み、まるで時間が止まったようだった。

「いらっしゃいませ。」

奥のカウンターで、静かに立っていた女性が微笑んだ。

黒いワンピースに、年齢を感じさせない不思議な魅力を纏う女性。

「お疲れでしょう? まずは、少し休んでいきませんか?」

その声は、どこか懐かしく、心の奥にまで届くようだった。

「……少しだけなら。」

修司は、促されるままにカウンター席に腰を下ろした。

椅子のクッションが程よく沈み、思わず肩の力が抜ける。


「眠りなさい、あなたの心が休まるまで」

女性は静かにカップを取り、湯気を立てながら紅茶を淹れ始めた。

カウンターの向こうで、お湯がゆっくりと注がれる音が心地よく響く。

🌿 ふわりと漂う、カモミールとミントの香り。

どこか懐かしく、心を包み込むような温かさ。
修司は、ゆっくりと息を吸い込み、吐き出した。

目の前に置かれたカップは、珍しいデザインの陶器。
カップの縁には、金色の細かな装飾が施されている。

「ここでしか飲めない特別なものです。」

女性はそう言って、紅茶のカップを差し出した。

修司は、それを両手で包み込むように持ち上げた。

琥珀色の液体が、微かにゆらめく。

一口飲むと──

全身の力が、ゆっくりと抜けていった。

「あ……これ、すごく……」

言葉が出ない。

口の中に広がる優しい甘みと、ほどよい爽やかさ。
胸の奥が、じんわりと温かくなっていく。

まるで、長い間緊張していたものが溶けていくようだった。

「……あぁ……」

思わず、静かに息を吐く。

「眠くなってきました?」

「……はい。」

修司は、微笑む女性を見上げた。

「ここでは、何も考えなくてもいいのよ。」

「ゆっくりと、眠りなさい。」

カップを置いた瞬間、まぶたがゆっくりと重くなった。

店内のジャズが、遠くなっていく。

振り子時計の音が、静かに揺れる。

そして、修司の意識は、深い闇へと沈んでいった。


エピローグ:夜が明ける頃 

🌅 気づけば、朝になっていた。

修司は、自分のベッドの上で目を覚ました。

「……あれ?」

昨夜のことを思い出す。
終電を逃し、歩いて帰って……

カフェに入った。
紅茶を飲んだ。

そして──

「……夢?」

スマホを見ると、時刻は朝の6時。

驚くほど、体が軽い。
頭も冴えている。

「久しぶりに……ぐっすり眠れた。」

まるで、心の奥から何かが解放されたような感覚だった。

しかし、ふと気づく。

🗺️ 「……そういえば、あのカフェってどこにあったんだ?」

スマホで検索してみるが、『月眠』というカフェの情報はどこにもない。

「……やっぱり、夢だったのか?」

でも、夢のはずなのに。

彼の手元には、一枚のカフェのレシートが残されていた。

📄 『月眠 – 1杯の眠り ¥0』


ねぇ……あなた、最近ちゃんと眠れている?

もし眠れない夜が続いたら……もしかしたら、あなたも“眠れる街”に迷い込むかもしれないわね。

その時は、どうぞ安心して……。この世界では、何も考えなくてもいいのだから……。

次の夢ファイルでお会いしましょう。どうぞ、良い夢を──。



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