見出し画像

「苦手」と「嫌い」は同じじゃない − 原田マハさんのアート小説を読んで感じたこと

「生まれ変わったらどんな人になりたい?」

こう聞かれた夫の答えは「歌が上手な人」。
カラオケに行ってもうまいと言われたことはなく、MISIAの歌などを聞くと「こんなふうに上手に歌えたらさぞかし気持ちがいいだろうな」と思うのだそうだ。

私はどうかなと考えてみると、候補はいくつか浮かぶ。
誰もが振り返るような美女、多くの人たちを救うような研究ができる天才…などなど。そんななかでもかなり早い段階で頭に浮かんでくるのは「絵が上手に描ける人」だ。

子どもの頃から絵を描くのは苦手。
中学生のとき、美術の先生に描いている絵の途中経過を見せに行ったところ、クラスメイトみんなの前で「おまえ、ヘッタクソだな」と言われたことがある(決してイヤな感じではない。先生なりの愛情がこもっているのがわかる言い方で、今でも笑える思い出です)。
美術の成績は常に他教科の足を引っ張る状態で、自然と「美術」というもの全体に引け目のようなものを感じるようになった。

大学時代専攻していた学科は美術とは関係なかったが、履修科目の関係で取得がしやすかったため、在学中に学芸員の資格を取る人が多かった。
学芸員になるつもりはなくても、就職活動の際に一つでも多く資格を書きたいという思惑だったよう。
仲の良いクラスメイトに一緒に取得しようと誘われたが、私は全く興味がないと断った。
当時取得に必要だった3日間の発掘研修が面倒だったのと(しかも真夏)、「学芸員=美術」という認識が頭にあり、自分には縁がないものと思ったのだ。

そんなわけで美術館に行くのは旅先くらい。
美術とは縁遠い生活を送ってきた。

昨年、数年ぶりに東京に長期滞在する機会があり(※米国在住です)、時間がたっぷりあったのでふと美術館にでも行ってみようかと思い立った。
調べてみると東京にはたくさんの美術館があって、美術に疎い私でも、カフェや売店だけで十分楽しめそう。
滞在先から近いからと出かけてみた美術館は、それはもう居心地のいい空間だった。
知識がほとんどない私でも美術作品を見れば心が動かされるし、わからないなりの楽しみ方ができる。
その後いくつかの美術館を訪ね、美術が少し身近に感じられるようになった。

東京滞在中に購入した何冊かの本の中から、自宅に戻って最初に読んだのが原田マハさんの『楽園のカンヴァス』。
内容をよく知らずに手にしたのだが、なんだかもう勝手に運命を感じてしまった。子どもの頃から大好きで、常に共にあった読書を通して美術を体験できるなんて。
続いて読んだのが『たゆたえども沈まず』。
今まで読んだことがなかった「アート小説」という分野を通して、新しい世界を知ることができた。

考えてみたら、「苦手」と「嫌い」は同じじゃないのだ。
楽譜は読めなくても音楽を聴いて楽しむことはできるし、食通と呼ばれる人たちの中にも料理が得意でない人もいるだろう。
美術ってなんとなく難しくて敷居が高いように思っていたけれど、自分が心地いい範囲で楽しめばいいんだ。
ほかにも「苦手」と思っているけれど、実は好きになれるものがあるのかもしれない。
そう思うと、なんだかワクワクしてくる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?