アイドルオタクが「推し、燃ゆ」読んだ
アイドルオタク歴は約1年となかなかに短いが、とても目を惹くタイトルだった。
主人公は女子高生のあかり。推しがファンを殴った、というニュースから物語が始まる。
まず、この本の作者が現在大学2年生である、ということを述べておく。同年代であるが故に、SNS上の言葉遣いがとてもよく似ていて、まるでTwitterを開いたかのような字面が並ぶ。風景や動作が丁寧に描写されている文章の中に、突如オタク構文が現れるのが面白い。
これは、推しのいる人にとって、共感もしくは反発といった何かしらの強い感情を持つ作品だと思う。
※以下、作品のネタバレを含みます。
この本を読んで最初に抱いた感想は、怖い、の一言に尽きる。結局オタクは推しのことを何も知らないのだということを改めて気付かされた。オタクが見ている推しは、推しの人生のほんの一部だ。推しは私たちの知らないところで物事を考え、ある日当然いなくなる可能性もある。
主人公のあかりは解釈タイプのオタクで、推しの記事や発言を事細かに記録し、推しはこういう人間だからとたびたび断定する。実際オタクの中でもあかりは推しのガチオタとして認識されており、その分析や予想は鋭い。
しかし、いくら露出されている部分の推しを全て把握したところで、推しが日常生活で誰と関わりを持ち、何を考えているのかなんてわからない。
結局あかりの推しがなぜファンを殴ったのかもわからないし、推しとそのファンとの関係もわからない。それが"怖い"と感じた理由である。
限りなくリアルなオタクの生態
先に述べた通り、作者は現役女子大生で、物語の中には、あかりの生きるオタクの世界がとてもリアルに広がっている。
例を挙げると、
⚪︎スマホのパスコードは推しの誕生日
⚪︎CD、DVD、写真集は保存用・観賞用・貸出用に3つ
⚪︎部屋はメンカラの青、壁はポスターで埋め尽くされ、写真集やCDが地層のように積み重なる
⚪︎CDのシリアルで推しメンバーに投票、票数で歌割りや立ち位置が変わる。あかりは高校生ながらに15枚以上購入している
⚪︎中古のグッズショップで推しが売られていたらつい迎え入れてしまう
⚪︎出演舞台では観終わるたびにその役に会えなくなるのが寂しくなり、気づけば追加購入の窓口に並ぶ
⚪︎来る前は気に入ったものだけと考えていたグッズのサンプルを見ると、どれ一つ置いて帰れないという気分になり結局全て買う
など、思わずにやけてしまうくらいの見事なオタクっぷりだ。あかりの推しへの熱量が伝わってくる。オタクならおそらく誰しも共感できると思うし、それが物語の今後の展開をより引き立たせる。
推し中心の生き方
あかりは軽度の発達障害を抱え、やらなければならないことをこなすことができず、周りと同じように過ごすことがとても困難だった。そんなあかりの人生の主軸となっていたのが推しだ。
だからこそ、炎上後のファン投票で自らの推しが1位から最下位へと転落する姿を見て、学校に通い続けることが億劫になってしまう。
物語はそのままゆっくりとおちていく。
あかりは高校を中退したのち、一人暮らしをはじめる。推しは生配信で、突如、もう次が最後だと述べる。公式から発表される前に、視聴者へグループの解散を告げた。
あかりが想定していた通り、解散会見で推しは「これからは街で見かけてもただの一般人として静かに見守ってほしい」と発言した。
そしてそれだけではない。
あかりの推しの薬指には、異様な存在感のある銀色の指輪が煌めいていた。
この展開は、1人のアイドルを推している身としてはとても辛く、読んでいて胸が押しつぶされそうになる。と同時に、いくら考察しても推しの全てを理解できることはなく、推しが決断したことに対してオタクは何も働きかけることができないことを悟った。
推しへの感情を言語化することの難しさ
推しの供給を前にすると、途端に語彙がゼロになってしまうのは誰しも抱える悩みではないだろうか。この本を読むと、この語彙があればどれだけ推しの素晴らしさを表現できることかと羨ましくなるだろう。
とにかく描写が細かく、具体的な色やかたち、音、においを丁寧に書き上げ、そのどれもが主人公の推しへの思いを鮮烈に伝える。
何で好きなの?と何気なく姉に尋ねられたときのあかりの言葉が特に印象的だ。
ーー愚問だった。理由なんてあるはずがない、存在が好きだから、顔、踊り、歌、口調、性格、身のこなし、推しにまつわる諸々が好きになってくる。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、の逆だ。その坊主を好きになれば、着ている袈裟の糸のほつれまでいとおしくなってくる。そういうもんだと思う。
私がこの本の中で一番激しく頷いた部分だし、多くのオタクにとって、最も共感できる部分なのではないかと思う。ここまでくると推しのことが好きな理由なんてない。何をしていてもどんな格好でも、存在が好き。それだけだ。
友達とか恋人とか家族とか、平等で相互的な関係を求めている人たちにとっては、オタクが一方的に推しを推すというバランスの崩れた関係を不健康だと言う。
あかりは、この一方的な関係を好んでいる。そもそも相互的な関係を求めていない。自分の存在が相手に何も影響を及ぼさないからこそ、心置きなく推せる。そして、それが心地よい。
あかりは、生きている感覚のない現実で、とにかく全身全霊で推しに打ち込んだ。
背骨である推しを失ったとき、その反動があかりの足元を曖昧に揺らげた。
推しとオタクのあるべき関係性とは何なのか、考えざるを得ない。
まとめると、あかりにだいぶ共感できてしまったのが辛かった。推しに一筋で生きていると、推しを失ったときの反動が怖い。今後自分がどう推しに向き合っていくかを考えるきっかけになったとも言えるが、やはり私は現推し一筋でしかいられないような気がする。
ーー新しく別の推しを見つけられるとは思えなかった。未来永劫、あたしの推しは上野真幸だけだった。彼だけがあたしを動かし、あたしに呼び掛け、あたしを許してくれる。
(※上野真幸:主人公の推し)
今の私にできることは、どんな状況でも推し続ける覚悟、そして、推すことができなくなってしまったときの覚悟を持つことなのかもしれない。
それまでは、推しに一途に元気にオタクをやるしかない。それがオタクの生き様だ。