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丸島の2秒

「俺、さそり座なんですけどね。今日のめざましテレビの占い、さそり座最下位だったんです」


「占いとか観るの?」

「まあなんとなく。でね、さそり座最下位の内容がね、"想定外の事態が起こり対処できず冷静さを失い大変なことに"なんです。だから俺、今日ほんとに自信が無いです」

「大丈夫だ。所詮は占いだし、仮に何か起きてもこのネタなら充分勝てるから」


そう言って相方の丸島は、会場へ向かう電車内で私の肩を揉んだ。



「今年は絶対勝つよ。行くよ2回戦」


M-1グランプリ1回戦。


3年連続出場となる今年、過去2年で一回戦脱落の苦杯を味わい続けている丸島と私は、今回を勝負年としていた。



「なんか過去2年と違う。なんか違う。今年は本当にいけそうな気がするわ」

丸島は自信満々に私に向かい、「面白いネタをありがとう」と言った。


「もしも、もしも不測の事態が起きたら、その場合はお互い何もせず、相方がリカバーするのを待とう。ミスした側が次の手をうっても仕方ない。大丈夫。俺はお前を信用しているから。だからそっちも俺を信用して」

「わかりました。助かりますよ」


渋谷駅の改札を抜け、私達はスクランブル交差点の信号機が青色になるのを待った。

天気はいまにも雨が降りそうな曇り模様。


「多分俺たちが2回戦通過決まった瞬間に雨が落ちるんだよ。堰をきるように。そんな気がするんだ」


気持ち悪いなー相方。

酔ってんなー自分に。ネタ書いてないのに。


信号機が青色に変わる。


「行きましょう」


前へ。もっと前へ。とにかくその先へ。


2022年内で最も長く最も短い2分間へ、私達は足を踏み出した。











「えー…その…えっとですね…そのー…」




丸島がネタを飛ばした。



本番で。一番大事なパートで。



「えっと…四の五の…四の五の言うなよ…ちょっとー」


既に丸島の動揺は止まらない。

先程通過したセリフをなにか恐ろしく小さな声で再度発している。


私の頭がグルングルンと回転する。
やばい。リカバーしなければ。どの部分を組み合わせるか…

わずか2秒程度の間だったがとにかく私は考えた。


しかし丸島はその2秒で発生した、満員の筈の観客がまるで誰一人いなくなってしまったかのような沈黙、そして明らかに会場をどんよりと包む、あーこれネタ飛ばしちゃったねーという空気に耐えきれなかった。


「えーっと…、せ、せっ、切腹します…」


いや何言うてんねん。

どんな立て直ししようとしてんだよお前。


ってかそもそも不測の事態発生時は相方のカバーを待つって決めたのお前だろうが!


いや何してんねん。


そして声ちっさ…




私は大慌てで言葉を発した。


「あ、でも切腹と言えばコンビニ店員ですね!」


なんでだよ。

心の中でそう思ったがもうこうするしか方法がなかった。



その後の約1分30秒は本当に地獄だった。



もう丸島は動揺が止まらず、ずっと声が小さい上、もともと滑舌も悪いので真横にいても彼が何を言っているのかほぼわからなかった。

私も動揺して、なんとか声だけは張ってやり切ろうという思いだけが先行。

終始支離滅裂なやりとりにチグハグさも加わり、雰囲気は吹雪というよりはほぼ砂漠に近い状況だった。



読者諸賢ならばご存知かもしれないが、M-1グランプリ1回戦の観客は、意外と温かい。


よく「1回戦の客は地獄だよ」と言う声を聞くが、あれはほぼ100%エアプで、実際は出場者、特にアマチュアには頑張れ頑張れというエールにも似たような笑いを起こしてくれるし、なんなら身内を応援する人たちで盛り上がりさえする。



しかし我々のときは…無明荒野。

もう息も聞こえてこない。
死んでんじゃねえのか客全員。



失意の中ステージを降りた私はすぐに思った。


いや大すべりなんですけど。

もうPTSDになっちゃうんじゃないかってくらい大すべりなんですけど。


よく学生時代や街中で「やべー!超スベったんですけどー」と言う声を聞く。

ああいう身内間での些細なハズレをスベったんですけどー!と嬉々として話す連中…全員ぶん殴りたい。


本当の大すべりは格が違うかんな!ごっそりイカれるぞ!

ごっっっそりイカれるからな!言葉にならんわ!


死にてー!!







「本当にすみませんでした」


会場を出るやいなや、通行人の目も気にせず、丸島は私に土下座をした。


私の前の前の前の組だった女子高生二人組コンビが、土下座する丸島と私を交互に見た後、逃げるように私たちの横を走り抜けていった。

やべえ芸人のやべえ闇をみた、とでも明日高校のお友達に話すのだろう。

でも残念。私達はキミたちと同じ、アマチュアのおじさんです。


「顔をあげなさい」


私がそう言うと丸島は申し訳なさそうに立ち上がり「やってしまいました…」と言った。

「知っています」

「でも最後までやりきったのすごくね?」

「いや観てる知り合いがいたら共感性羞恥で死ぬレベルで大すべりしましたが。極大スベリですよ」


「そうなの!?」


なんと丸島はネタを飛ばした動揺で記憶を飛ばし、スベリ続けた瞬間を覚えていないというのだ。

「え?切腹したのは?」

「覚えてない…」

腹を裂いたことにすら気付かぬ男。武士の誉れが地に堕ちる。


来年はあるのだろうか。


この男も悪気があったわけではない。

故に被ったダメージの発散先がない。

故に故に精神的な傷みは癒えない。



「マジで気にしないでくださいよ」

「ごめん。ひとつだけ言い訳していい?」

「なんですか?」







「俺もさそり座なんだ…」 



なんだそりゃ。ぶん殴るぞお前。

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