「灰色のトンネルの迷い子〜ある男の"記録"〜」
気がつくと私は灰色のトンネルの中を走っていた。
ガンツスーツに身をつつみ、Xガンを持ち、灰暗く、冷たいみずたまりだらけの地面を強く蹴り、走る。
「100点とれなきゃここで終わりだよ!100点とらなきゃ!」
隣で一緒に走る美女が私にこう話し掛ける。
「やばい!このままじゃタイムオーバーだよ!」
せかされながらも私は出口を目指しひたすら走る。
この状況はなにかに似ている。
数年前に読んだ『フリージア』というマンガで追い込まれた執行代理人の溝口が、同僚の叶を暗い路地で襲撃するも失敗し、再び窮地に立たされるシーン。
あれにそっくりだ。
あのとき、溝口は結局最後どうなったのだったか。
あのマンガ、探せばまだ家にあるかな。
そんなことを考えながら、私は隣にいる美女に「わかってる。大丈夫だから」と何度も告げ、ようやく出口へたどりついた。
そこには荒川アンダーザブリッジのガリガリくん天狗軍団が大量にいた。
天狗軍団は私達を見ると、一斉に、一気に襲いかかってきた。
ガンツスーツの耐久が0になる。絶望する。
なんで私は、戦っているのだろうか。
そう思った瞬間、耳元でけたたましい音が鳴り、私は浅い眠りから覚めた。
いつものようにアラームを切ろうとしたのだが、私はスマホに表示された日付を見て指を止めてしまった。
2010年8月15日。65回目の終戦記念日。
○○○
YouTubeで"もしも占い師に運命の人と予言された人と出会った場合、声をかけるのか"という主旨のドッキリをみた。
仕込みの占い師が『このあとあなたは豹柄の服を着て赤いバックを肩にかけた女性と出会います。それはあなたにとって運命の相手です』みたいな預言をして、外に出ると目の前から本当に豹柄の服を着た赤いバックを肩にかけた女性が現れる。
その時彼は占いを信じ、運命を信じ、初対面の彼女に声をかけるのか、という実験らしい。
結論から言うと、オンエアされた被験者たちは全員声をかけていた。
なかなか興味深い結果だと思う。
前センテンスにて記した、夢の話。
そこに出てきたガンツスーツの美女。
夢をみたその日、私は、その美女をみた。街中で。
さすがにガンツスーツは着ておらず、就活中なのかリクルートスーツに身を包んでいたわけだが、それは夢の中に出てきた彼女だとはっきりわかった。
反対側の歩行路を進む彼女。私はみとれた。
そしてそのまま、特に何もせず、大学に行った。
大学で講義を受け、昼ご飯を食べ、誰とも喋ることなく、家に帰り、いつものようにベッドで寝た。
月日は流れ、現在に至る。
YouTubeで件の動画をみる。
その瞬間、私の頭の中でその時の情景が思い浮かんだ。
そしてすぐにこう思った。
運命を、逃してしまった…と。
〇○○
夜も短し歩けよ乙女には、以下の文章がある。
“一期一会”という言葉を知っているだろうか。
それが偶然のすれ違いになるか、それとも運命の出会いになるか。
すべては己にかかっている。
私と彼女の偶然のすれ違いは、運命の出逢いになる前にむなしく潰えた。
「思えばあれがきっかけだった」と彼女と一緒に思い返す特権を、私はむざむざ失ったのだ。
それというのも、私には機会を掴む才覚も度胸もないからだ。
あのときの彼女はいま何をしているのだろうか。
まあいいさ。どうだっていい。
今日キャバクラで上記のエピソードを話したところ、あー、もったいないですねー、と心にもない声で言われた。
あのときちゃんとナンパできていれば、こんな下品な仲里依紗風味に大金を叩く必要もなかったし、こんな雨の中、ファミリーマートでお茶を買っている間に傘を盗まれることもなかった。
無情だ。
私はまだ、あの夢を見た日のまま、灰色のトンネルの中にいる。
このトンネルに出口はあるのか。
そして出口の先には何が待っているのか。
あの灰色トンネルも、あの天狗だらけの出口も、あの美女も、そしてあの出口へ走っていた男も、すべては私自身の心が映し出したものであることに気付くのは、もう少し先の事だった。
終
ってさすがにダセえよ。キモいな俺。