『ミラベルと魔法だらけの家』デジタル時代における「大ヒット」の形
こんにちは。モダンエイジの映画大好きマーケター栗原です。
昨年公開したディズニー最新作、『ミラベルと魔法だらけの家』(以下『ミラベル』)をご存じでしょうか?
日本では昨年11月末に公開されましたが、公開当初から低調なスタートとなり、着地の興行収入としても7億円程度にとどまりました。実は本作、コロナ禍になってから全国規模で公開した初のディズニー新作でしたが、あまり日本では話題になりませんでした。
そのため、「まだ観てない」という方、「作品の存在を知らなかった」という方も、多いのではないかと思います。
日本におけるディズニー『アナと雪の女王2』の興収が134億円、『ミラベル』と同じく、バイロン・ハワード監督&ジャレッド・ブッシュ監督の『ズートピア』の興収が77億円を稼ぎ出していたのを思うと、いかにミラベルが興収において苦戦していたかがわかると思います。
海外でもコロナ禍で公開されたアニメーション映画としては最高の世界興収2億ドルを記録しましたが、ディズニー作品としては渋めの着地です。
ただ本作、海外では公開から数ヶ月経た今年(2022年)になってから、劇場外の領域でさらなる「大ヒット」を巻き起こしているのです。
今回は『ミラベル』における、少し特殊な「大ヒット」の形について見ていきたいと思います。
■劇中の楽曲が全米ビルボードを席巻
まず見ていきたいのが、南北アメリカ音楽業界での「ヒット」です。
本作『ミラベル』の楽曲は気鋭のミュージカル作家、リン・マヌエル=ミランダ氏が8曲すべて手掛けており、どれも非常に耳に残るような、ノリノリでキャッチーな楽曲です。
この楽曲が収録されたサウンドトラックが2/23現在、アメリカでもっとも権威ある音楽チャート:ビルボードの、ビルボード・アルバムチャートで5週連続の首位をキープしている状況です。この5週連続首位記録は直近の5年間でも、わずか4作しかないとのことで、映画のサウンドトラックとしては異例中の異例です(他はテイラー・スウィフトやアデルなど錚々たるメンツです)。
非連続で数えると6週目の首位となり、これは過去に5週首位を獲得したあの『アナと雪の女王』一作目のサウンドトラック(「レット・イット・ゴー」でおなじみ)を超える記録です。
中でも”We Don’t Talk About Bruno”という楽曲については、ビルボード・ソングチャートで今週(2/21週)に4週目の首位を獲得。このチャートで首位を獲得すること自体、ディズニーにとって21世紀初であり、さらに4週目の首位は、過去首位を獲得したあの「ホール・ニュー・ワールド」などを超えるディズニー史上初の記録です。この楽曲だけで、なんと3400万回ものストリーミング配信がされているとのこと(2月頭時点)。
日本ではそこまで騒がれていないので驚かれるかもしれませんが、本作『ミラベル』は、あの名作『アラジン』や『アナと雪の女王』を超えるレベルの、ディズニーにとって歴史的ともいえる「ヒット」を音楽業界で巻き起こしているのです。
■TikTokで起こったバイラル現象
「ヒット」が生まれているのは、音楽業界だけではありません。
短尺動画のSNS、TikTokでも映画にインスパイアされたユーザーの投稿(UGC:User Generated Contents)が非常に多く作られ、沢山のエンゲージメントを集めたことによって、バイラル現象が起こっています。
TikTokにおける実際のユーザー投稿をいくつか見てみましょう。YouTubeに沢山まとまっていますので、いくつか覗いてみてください。
劇中のミュージカルシーンに合わせて歌って踊るもの、劇中の登場人物の服装を完コピしてセリフを演技しているようなもの、何度も繰り返し観ていないとわからないような細かい演出やトリビアを紹介するもの、非常に多岐にわたる切り口でUGCが創出されています。
中には下記の記事で紹介されているような、何度も観ていないと着目しないような、言ってしまえば”マイナーな”シーンまでオマージュされて盛り上がっているのは、『ミラベル』がどれだけソーシャル上で愛されているかを象徴していると思います。
特に人気の楽曲”We Don’t Talk About Bruno”、“Surface Pressure” 、 “The Family Madrigal”を使用した投稿だけで、なんと約25万件(2/9時点)もの投稿がTikTok上でなされているそう。
『ミラベル』は、TikTok上でも多くの人が共通して話題にし、盛り上がるような、「ヒット」を生み出していると言えるでしょう。
■Disney+(ディズニープラス)でのデジタル配信
冒頭述べた通り、こうした各領域での「ヒット」は、実は11月の劇場公開時期に起こったものではありませんでした。「ヒット」を火付け役となったのは、動画ストリーミングサービス、Disney+(ディズニープラス)でのデジタル配信です。
アメリカでは11/24、日本では11/26に劇場公開された『ミラベル』ですが、そのわずか1ヶ月後のクリスマスイブに、全世界同時にディズニープラスでのデジタル配信が開始されました。
ディズニーは20年9月に実写映画『ムーラン』をディズニープラスで配信公開したのをはじめとして、21年も『ラーヤと龍の王国』における劇場と配信との同時公開、『あの夏のルカ』の配信限定公開など、自社ストリーミングサービスでの新作のデジタル公開/配信に取り組んできました。
本作『ミラベル』は、当初は劇場限定で公開されましたが、ディズニーの大きな事業転換の流れの中で、劇場公開から1か月という、異例なスピードでディズニープラスのおけるデジタル配信開始となりました。
もちろん本作のサントラは劇場公開期のリリースから注目はされていましたが、ビルボードをここまで大きく騒がせたのは、ディズニープラスでのデジタル配信がされた後、22年の年始以降でした。TikTokでバイラルが起こったのも同様の時期からです。
本作が非常にスピーディーにデジタル配信開始されたこと、それによって多くの人がいつでも『ミラベル』にアクセスし、何度も何度も視聴が可能になったこと。こうした動きが、各所の「ヒット」を再燃させたといえるでしょう。
■ソーシャル時代が実現した『ミラベル』の「大ヒット」
前述したこれらの「ヒット」現象は、ディズニープラスにおける本作のデジタル配信を核にしてすべて繋がっています。
・ディズニープラスで配信されている『ミラベル』本編を観て、音楽が聴きたくなり、Spotifyなどストリーミングサービスを利用する。(【ディズニープラス】⇒音楽ストリーミングサービス)
・本編を観て、非常に感動してTikTokに凝った内容を投稿する。(【ディズニープラス】⇒TikTok)
・音楽を聴いていたら映画本編が観たくなってディズニープラスを訪れる。(音楽ストリーミングサービス⇒【ディズニープラス】)
・TikTokで投稿するために、ディテールを確認しに本編を視聴する(TikTok⇒【ディズニープラス】)
etc……
上記のようなポジティブなサイクルが双方向に回ることによって、様々な領域でのヒットが集まり、本作は現在海外で「大ヒット」を引き起こしていると言えるでしょう。
こうしたサイクルを回すうえで、まず重要なポイントは当然ながら「作品力の強さ」です。『ズートピア』の監督陣が描く家族のドラマは、非常に普遍的で誰しもの感情を打つものでした。またリアリティ満載に描かれた南米の家族観は多くのラテン系の観客の共感を生みました。そして『イン・ザ・ハイツ』や『ハミルトン』でもおなじみ、リン・マヌエル=ミランダ氏の楽曲が彩るミュージカルシーンは本当に素晴らしいものでした。
こうしたヒットには、複数の琴線スイッチ(※ぜひ解説記事をご覧ください)を刺激して、クチコミを生み出す作品のパワーがあったことは間違いありません。
もう一つ、もっと重要だと考えられるテーマが、本作および「ヒット」を引き起こした関連サービスの、「アクセスのしやすさ」です。ディズニープラスも、音楽ストリーミングサービスも、TikTokも、検索をしてサイトを訪れて、アプリをダウンロードして、会員登録さえしていれば、いつでも手元のスマホでアクセスして、何度も何度も視聴することができるのです。
これは作品の力はもちろんのこと、通信回線の発達、スマホの普及、サブスクリプションモデルの確立など、現代のデジタル化が実現した「大ヒット」と呼ぶことができるでしょう。
これから先、ピクサー、マーベル、スターウォーズ、20世紀フォックスなどを傘下に持つディズニーがリードしているように、劇場公開⇒デジタル配信のスピード感の早まりは不可逆的な流れになるでしょう。
本作『ミラベルと魔法だらけの家』が海外で巻き起こしているような、劇場外における、興行収入だけで測れない「大ヒット」の形も、映画のマネタイズを考える上で、一考の余地があるかもしれません。
もう一度繰り返しますが、こうしたデジタル時代の「大ヒット」における重要テーマは、琴線スイッチを押せる作品の力と、横断的にサイクルを回すアクセスのしやすさです。
何かの参考になれば幸いです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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今週は『ドリームプラン』と『シラノ』を観てきます!!
ウィル・スミスは『バッドボーイズ2バッド』、ピータ・ディンクレイジは『孤独なふりした世界で』が一番好きです。
※参考記事
https://www.hebronhawkeye.com/opinion/personal/2022/02/09/opinion-it-is-time-to-stop-talking-about-encanto/https://www.cnn.co.jp/showbiz/35182911.htmlhttps://www.billboard-japan.com/d_news/detail/109181
https://www.barks.jp/news/?id=1000215504