ヤフートピックス 字数制限の美学
平日は(業務中に)ヤフーニュースを見るのが日課である。
今日も今日とて特に何の感慨も無いままトップページのトピックス一覧をボーッと眺めていると、鮮烈な見出しが目に飛び込んできた。
「動物園でエミュー脱走 その後死ぬ」
なんたる切れ味だろうか。
「動物園でエミュー脱走」で初手からクライマックスを迎えたと思いきや、息をつくヒマも無く「その後死ぬ」と続く。
動物がどこかの施設から脱走するニュースはよくある。そして大抵はこの手のニュースの見出しは「無事に保護」で締めくくられている気がする。
「逃げ出したとしても最後はきっと丸く収まったのだろう」
そのように思い込んでいた頭が「その後死ぬ」でガツンと殴られる。
そうか、全ての逃げ出した動物が無事に助かるわけじゃないのか……。
あれよあれよという内に私はニュースをクリックしていた。
ところで Yahoo!ニュース トピックスの見出しの文字数は15.5字までだという。
上の記事によると、今までは13.5文字制限だったのを2021年4月に14.5字に緩和し、更にそこから2022年1月には最大15.5文字に増やした、とある。
「フェイクニュースやデマをはじめとした不正確な情報が社会的な課題」となっているため「ニュースの見出しは、より正確に理解されるように発信することが重要」という観点からの文字数緩和だそうだ。
言っていることはもっともだと思うのだが、結局のところネットニュースなどというものはどれだけクリック数を稼げるかという点が重要であるのには変わりないのであり、どうしてもタテマエというかキレイゴトに聞こえてしまう。
そしてその理念が本当だとしても、ようやく「改善しよう」というムードになってから数年経って増えたのはたった2文字である。これではまだ記事の内容の「不正確性」を貫きたいと言っているも同然ではないか。「五・七・五」の俳句にすら字数で負けている。
最大15.5文字になったところでまだ情報は不足しているのだ。
しかしこの「不足」こそが、ユーザーにクリックさせる原動力となっているのだろう。
私は「動物園でエミュー脱走 その後死ぬ」という見出しを見て心がざわついた。
「脱走」から「死ぬ」に至るまではどのような経緯があったのか? 「その後」とはどれくらいのタームなのか? 死因は何なのか? そもそもエミューってどんなんだっけ?
それらの不足を解消するためには、ワンクリックするしかない。
人の心を動かすには、全部を言わない方がいいのである。
元のニュースの本来の見出しは
「【速報・投稿映像】動物園でエミューが脱走「やばい、こっち来た!」園内は一時騒然…愛媛・とべ動物園」
である。
最初に見た見出しがもしこれだったとしたら、私はこのニュースに見向きもしなかったことだろう。
「やばい、こっち来た!」はさすがに弱い。
それより字数が少ない「その後死ぬ」という下の句が強すぎるのかもしれない。
先ほど「俳句」というワードも出てきたが、最後の5字を「その後死ぬ」で統一するだけでもれなくソリッドな句を量産することが可能になるであろう。それくらい強力なウェポンなのだ。
「動物園でエミュー脱走」と「その後死ぬ」の間には半角スペースがあり、それを0.5文字と換算すれば全部で15.5文字である。字数制限をフルに生かした作品と言えるだろう。
インターネットには暴力的な表現で笑いを形成する文化があるが、そのブラックなセンスに通ずるものがある。
「すみません、うちら字数制限があるもんで……」という手前勝手な事情を免罪符とし、「その後死ぬ」というあまりにも無慈悲な5文字に落とし込んでユーザーを引き込む。
強制的に即物的な表現を堂々と行使できるという点でヤフートピックスの字数制限は画期的である。
今日はその側面が色濃く出た日と言えるだろう。
なお、言うまでもなく本noteのタイトルは15.5文字である。