昔の自分からお小遣いをもらった話
その昔、私は自分の生み出す笑いに自信があった。
いわゆる「ハガキ職人」というのをやっていて、「爆笑問題カーボーイ」(TBSラジオ)では毎週ネタが採用されている時期があった。
勢いそのままに『週刊ファミ通』の読者投稿コーナー「ファミ通町内会」にも投稿を開始した。
そこでもいつしか毎週ネタが採用されるようになった。
「やっぱり自分は面白い」
学生に特有の全能感も手伝い、すっかり私は有頂天だった。
就職を機にラジオとファミ通町内会への投稿をやめた。
慣れない業務に時間を取られてネタのクオリティが落ち、毎週の採用が途切れるくらいだったらいっそのことスパッとやめてしまおうという判断からだった。
毎日ネタを考えるという高校時代からの習慣がストップした。
サラリーマンの生活は我ながら冴えなかった。
誇張も何もなく毎日が灰色だった。
私にサラリーマンの才能は無かった。
大卒の初任給に毛が生えたような安月給が長年続き、その状況に疑問を持ちながらも一向に転職活動に向かうモチベーションが湧かない。
文化的な活動も何もやる気が起きない。
惰性で働いて飯を食っている。
そして今もその生活は続いている。
このままではいけないと一念発起し、かつての自信を取り戻すために私はネタ投稿の再開を決意した。
昔からの習慣で真っ白なノートに向かう。
自分でも愕然としたのは、いっときは湯水のように湧き出ていた笑いの発想が全く出てこないということだった。
なんとか頭を絞ってへにょへにょのネタを投稿しても、当然採用されなかった。
私は一時期自分のことを「サラリーマンのコスプレ」だと考えていた。
本来の自分ではこうではない筈なのに、一時的に仮の姿に身をやつしているのだと。
そうやって自分を慰めていた。
サラリーマンは私にとって「つまらないもの」の象徴だった。
毎日必死でサラリーマンに擬態している内に、本当に私は見事サラリーマンになれたようだ。
それと引き換えに、笑いを生み出す回路を失った。
私はそれほど悲しくなかった。
私の笑いの才能は、たかがサラリーマン生活を送ったくらいで摩耗する、その程度のものでしかなかったのだ。
最近、出費が続いていた。
はっきり言って金欠だった。
私は「ガバス」に手を付けることにした。
ガバスは『ファミ通』のみで使用可能の仮想通貨のようなチケットで、これを一定枚数貯めるとゲーム機本体やゲームソフトと交換できる。
夢のようなシステムだ。
ファミ通町内会でネタが採用されると、そのガバスをもらえるのであった。
ただ、ガバスと景品を引き換えるのには抵抗感があった。
それは何故か。
ファミ通町内会で採用数トップなどの優秀な投稿者のインタビュー記事が本誌に時おり掲載されることがあったのだが、みな口をそろえて
「ガバスは大量に保有してますが、これは名誉ですからもったいなくて交換できません」
という旨の発言をするのだった。
たくさんの景品を交換できる筈なのに、あえて名誉として手元に残しておく。
ファミ通町内会の周辺においてはそのことを美徳とする不文律のようなものがうっすら存在することを私は知っていた。
その思想が最後の砦となっていて、私はなかなかガバスに手を付けられないというか、「かつて笑いの才能があった」証拠であるガバスを手放してしまったら、本当に私の中の何かが終わってしまうのではないかという危惧があった。
ただ、最後のガバス獲得から十数年もの時が流れていた。
そして私はもう「優秀な投稿者」ではなかった。
そう思い至った瞬間、私は「時効」を迎えたのだった。
手元のガバスを数えると、6万超のガバスがあった。
ガバス交換準備のためだけに久々に『ファミ通』を購入した。
毎週気軽に買えない定価に値上がりしていて驚いた。
景品引き換えに必要なガバス数が提示されている「ガバスシステム」のページとにらめっこし、吟味する。
6万超のガバスを手元に余さずなるべく効率よく交換するには「ニンテンドースイッチ」「ニンテンドースイッチ Lite」「任天堂のゲームソフト」の3点セットが最適解という結論が出た。
ゲームソフトは欲しいタイトルをリクエストできるので「スーパーマリオブラザーズ ワンダー」とした。
その号の週間売上ランキングで1位だったから、それにした。
その方が高く売れそうだからだ。
1ヶ月ほど経ち、版元の角川グループから引き換えの景品が届いた。
ダンボールにはハード二つとソフト一つがちゃんと入っていた。
小学生の頃だったらその場で嬉ションしそうな状況である。
届いたゲームでちゃんと遊ぶことも一瞬頭をよぎったが、「未開封」の方がいいだろうと判断し、ダンボールに戻した。
週末、中古ソフト業者に3点を売りに行った。
ニンテンドースイッチは20,000円、ニンテンドースイッチ Liteは12,000円、「スーパーマリオブラザーズ ワンダー」は4,000円、私のガバスは計36,000円に化けた。
新品かつ未開封の超美品だからMAXの買取金額であろう。
36,000円。
「私のかつての笑いの才能は、たったこれだけの金額にしかならなかった」という感傷的な結末をつけるには、ちょっと無理のある金額である。
ふつうに生活費の足しになる。
とても助かる。うれしい。
提示された査定金額を見てニヤつきを抑えられない今の私を見たら、昔の私は何と言うだろうか。
たぶん何も言わないと思う。
ただ、それだけの話である。