日記「偶景」
投票所。ユポ紙への鉛筆の接触が、かつての心地よさを失い、不快な音を立てる。愛想が良くも悪くもない透明な表情をした立会人に見守られ、太古の力の残響を保った名を持つ紙をそっけない銀色の箱に入れる。
倦怠が雲の形を借りて街に影を落とすような天気のなか、投票を終える。
*
この街には蕎麦屋が多い。昼時、いくつかの店に入れず、彷徨ってしまう。せいろに盛られた蕎麦は細く切られた御影石のようだ。石の色合いが柔らかい曲線を描いている。わさびはさながら岩につく苔のようにも見えてくる。
古くはわさびではなく大根おろしが添えられていたらしい。
*
芝が美しい公園。以前買った安物のブーメランの練習をする。もともとは狩りの道具であったというこのプラスチック片は、平仮名の「く」の形をしている。うまく投げると途中で地面と水平になって、ある種の植物の種のように回転を始める。
歩いてブーメランを回収し、適切な位置まで戻り、また投げる。それから木に引っかかってまた歩くはめになる。
*
銀のアクセサリーを作っている知人の展覧会を見に行く。ある銀のブローチはポテトチップスを象っていた。むかし友人が食パンの留め具の形をしたネックレスをしていたことを思い出す。あるいは石の見た目をしたチョコレート。それからエジプトで食べたタイヤを模したグミ(非常に不味い)。
*
路地で玉蒟蒻を買う。店の主人に「市内の雰囲気じゃないね、どこから来たの」などと言われる。それを少し嬉しく感じたことをあとになって恥ずかしく思う。店の向かいの長椅子の近くには、大きいビー玉台があり、子供たちがビー玉を弾くとベルに当たり大きな音を出している。私も弾いてみたかったが、子供たちを押し退けることはできずその場をあとにした。
*
アトリエに行く。岩絵具の入った瓶を落として割ってしまった。ガラスの破片が入った絵の具はもう使えない。
*
冒頭、バルトの引用に倣い画家であるために満たす必要のある四つの条件とはなんだろうかと考えてみる。一、手先が器用すぎないこと、二、完璧なものを壊してしまう厚かましさがあること、三、失敗をすぐ忘れること、四、現実から遠ざかっていること、たとえば、海岸などに行って。