昆布とサイダー
両親が戻ってきた。ぬるぬると光るこげ茶色の昆布が、大量にトラックから滑り落とされる。
素手ではつかみにくいので、ひとまわり以上も大きい軍手をはめる。自分の背丈よりも長い昆布を、小学生の私はずるずると引きずる。一枚ずつ向きを合わせて、重ならないように砂利の上に広げていく。まだ朝なのに、帽子の中が汗で湿っている。
昼飯を終えると、昆布を1枚ずつひっくり返す。南中に近い太陽を遮る日陰はない。暑さは厳しいが、昆布はずいぶんと軽くなっているので、力は要らない。かがみこむので、少し腰が痛いだけだ。
手が空くと、虫を捕まえ、一輪車に乗り、絵を描く。飽きると、両親のいる作業場へ行く。彼らは昨日までに干し終わった昆布を、切ったり縛ったりしている。
「ねえねえ、アイス食べたくない?」
「いいねえ。ママ、みぞれ」
「俺、バニラブルー」父がいつも通りの注文をする。
母から小銭をもらい、自転車で1番近い商店を目指す。国道を一直線。
「こんにちは」
「いらっしゃい、暑いねえ」
私は家族それぞれの分のアイスをかごに入れる。母が少し多く渡してくれるので、私は三ツ矢サイダーを一本、自分のために追加する。
帰りは全速力だ。
アイスを食べ終えると、両親はすぐに作業を再開する。
私はそばで、サイダーの瓶を開ける。喉を鳴らしていっきに半分近くまで飲む。ぷはーっと息を吐くと、妙に周囲の物音がよく聞こえる気がした。
昆布の裁断機の音や、束ねる時のガサガサとした音。アイスの容器に寄ってくる蝿の羽音。セミの声。国道を爆走するトラックのクラクション。野良猫が草をかきわける音。
最後の作業は、気分も軽い。パリパリに乾いた昆布を手際よく集める。できるだけ長さが近いもの同士を束ねて作業場にしまう。
気づくと、だいぶ涼しくなっている。北海道では盆を過ぎればもう秋だ。昆布とサイダーの季節は短い。
三ツ矢サイダーの栓をひねると、あの夏がよみがえる。
昆布の重さ、足の甲や肩をじりじりと焼く陽射し、今の私よりも若かった父と母。
サイダーの気泡を見つめる私に、3歳の娘が問いかける。
「ねえ、ママ、シュワシュワすきなの?」
「うん、好きなの」
今年も、娘を連れて会いに帰ろう。
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