
AI料理が心を満たさない理由【733文字/SFショートショート】
「ぼくはあの煮物の味を、もう一度だけ味わいたかったんです。」
金曜の夜、借金と疲労に押し潰されそうな中、見つけたのが“思い出再現レストラン”の広告だった。絶滅した食材や過去の家庭料理をAIと合成素材で忠実に蘇らせる――そんな宣伝文句に半信半疑ながらも、どうしてもあの懐かしい味が頭から離れない。
幼い頃に祖母が作ってくれたあの煮物を、もう一度だけ口にできるかもしれないと思うと、藁にもすがる思いだった。
店内は落ち着いた照明に包まれ、スタッフに写真やレシピの断片を渡すと、AIが自動で素材を解析していく。しばらくして運ばれてきた料理は、見た目からしてまさに当時の煮物そのもの。箸を入れれば、あのとき感じた醤油の香りと甘みが記憶ごと蘇る。
「こんなに完璧なんて…」と思わず涙ぐみそうになったが、なぜか心の奥は満たされない。周囲の客を見渡すと、似たように切なげな表情を浮かべている人がいる。
結局、この店は料理だけしか再現できないのだ。
あの食卓を囲んでいた人たちの声や笑顔、触れ合いまでは戻ってこない。
会計を済ませて外に出ると、夜の風がやけに冷たく感じられた。あの味がいくらそっくりでも、本当に欲しかったのは隣にいてくれた祖母の温かさだったのかもしれない。
思い出の味に執着するあまり、今まさに一緒に食事をしてくれる人たちの存在をないがしろにしていないだろうか。ふとそう考えると、携帯を取り出して、久しく会っていない家族の名前を見つめる。
「懐かしいだけじゃ、きっと足りないんだよな…」
そっと息を吐いて、メッセージを打ち始めた。この店で知ったのは、昔の料理そのものじゃない。
大切なのは、いま隣にいる誰かと作っていく“次の思い出”かもしれない――そのことに気づかされたからだ。
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