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【詩】原稿読みの日常

「きょうの原稿だ」
ジャーナリストが俺に渡してきたのは
日本が戦争を始めたことを知らせるニュースだった。

近く、大陸に向けて
俺たち成人男性の徴兵が始まるらしい。
「お前や俺らは広報部だから、実質このままの日常が続くだろうね」
ジャーナリストの先輩が、タバコを吹かしながら言った。
「いやーよかったです、死にたくないし」
新卒の後輩が、後ろで胸をなでおろした。
俺はその日の原稿を、他人行儀なやり方で読んだ。

「きょうの原稿だ」
スピーチ・ライターが俺に渡してきたのは
徴兵を呼びかける内容だった。

街は戦死者を包んだ
白くてでかい米粒のようなものがあちこちに落ちていて
その周りで人びとは泣いていた。
後輩と同じ歳 4歳下の俺の従弟も
先月 日本海に沈んだ。
ジャーナリストの先輩だって もう過去の人だ。
「できるだけ間違えるなよ」
壮年のスピーチ・ライターは、先輩の灰皿でタバコをもみ消した。
「頑張りましょう」
後輩は緊張で汗だくだった。
俺はその日の原稿を、他人行儀なやり方で読んだ。

「きょうの原稿だ」
広報部の自衛官が俺に渡してきたのは
昨日の戦死者の数だった。

原稿の最後にこうあった。
「だからこそ、あなたが戦争に協力する必要があるのです。この国のために、今を耐え忍びましょう」。
俺はこの一行を読まなかった。
代わりにこう言った。
「クソ食らえ。何もかもが出鱈目だ。俺はお前らに嘘をついていたんだ。これはクソだ。俺もクソだ。そうだ、こんなの間違っている。国なんて――――」
言い終える前に、自衛官が俺に向けて発砲した。
その日のニュースは、銃声で終わった。

「きょうの原稿だ」
自衛官は、後輩にコピー用紙を渡した。
読み上げられた昨日の戦死者に、俺は含まれていなかった。

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