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【詩】原稿読みの日常
「きょうの原稿だ」
ジャーナリストが俺に渡してきたのは
日本が戦争を始めたことを知らせるニュースだった。
近く、大陸に向けて
俺たち成人男性の徴兵が始まるらしい。
「お前や俺らは広報部だから、実質このままの日常が続くだろうね」
ジャーナリストの先輩が、タバコを吹かしながら言った。
「いやーよかったです、死にたくないし」
新卒の後輩が、後ろで胸をなでおろした。
俺はその日の原稿を、他人行儀なやり方で読んだ。
*
「きょうの原稿だ」
スピーチ・ライターが俺に渡してきたのは
徴兵を呼びかける内容だった。
街は戦死者を包んだ
白くてでかい米粒のようなものがあちこちに落ちていて
その周りで人びとは泣いていた。
後輩と同じ歳 4歳下の俺の従弟も
先月 日本海に沈んだ。
ジャーナリストの先輩だって もう過去の人だ。
「できるだけ間違えるなよ」
壮年のスピーチ・ライターは、先輩の灰皿でタバコをもみ消した。
「頑張りましょう」
後輩は緊張で汗だくだった。
俺はその日の原稿を、他人行儀なやり方で読んだ。
*
「きょうの原稿だ」
広報部の自衛官が俺に渡してきたのは
昨日の戦死者の数だった。
原稿の最後にこうあった。
「だからこそ、あなたが戦争に協力する必要があるのです。この国のために、今を耐え忍びましょう」。
俺はこの一行を読まなかった。
代わりにこう言った。
「クソ食らえ。何もかもが出鱈目だ。俺はお前らに嘘をついていたんだ。これはクソだ。俺もクソだ。そうだ、こんなの間違っている。国なんて――――」
言い終える前に、自衛官が俺に向けて発砲した。
その日のニュースは、銃声で終わった。
*
「きょうの原稿だ」
自衛官は、後輩にコピー用紙を渡した。
読み上げられた昨日の戦死者に、俺は含まれていなかった。
*