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ジャレル−宵闇遊戯−

[序章] 不触の夢


 ―――じゃらじゃらじゃらら。

 重たげに鳴る鎖の束を引きずって、宵闇の中を進んでいく。

 武器はひと振りの大斧。柄が人の背丈ほどもあって、刃が少し欠けた月みたいに滑らかに曲がっている。

 刃先はピカピカ。

 いつも磨いているからそれはそれは綺麗だ。

 けれど、それを握る自分の手は嫌いだ。

 節くれ立っていて、巻きつけてある包帯はボロボロで、元の色は何色かと首をひねりたくなる有様だ。

 いい加減見慣れた。気にはなるけど……。

 じゃらじゃらじゃらら。

 金属のざわめきを従えて、もうどれくらい歩いていたかしれない。

 眠くなることはないし、腹も空かない。

 最後の獲物を屠ってからどれくらい過ぎたのかすら……。

 ―――獲物?

 あれは獲物だったのか。それとも遊び相手だったのか。

 ひどく楽しい気分だったことは覚えている。

 じゃらじゃらじゃらら。

 鎖を鳴らして、眼を閉じているに等しい闇に囁いた。

 ねえ、誰か。

 ―――誰か僕と遊んでよ……この宵闇で。僕と……。



 ぞわぞわぁっ!

 いきなり冷水を浴びせられたかのような悪寒を背に溜めて、なにかを押しのけるみたいにもがきつつ飛び起きた。

 窓の外の常夜灯のほのかな明かり浮かぶのは、自分が上体を起こしている窓際のベッド、対面のワードローブ、左手の書架脇の勉強机――いずれ見慣れた自分の部屋だ。

「……夢?」

 夢にしてはやけにリアルだった。

 まだ生々しい冷たい斧の柄と、足元で鳴る鎖の感触が残っている。

 見知らぬ誰かの中に入り込み、その人物の感覚を追体験したみたいな印象だ。

 ―――人物?

 ふと湧いた疑問に、またしても悪寒が復活しそうだ。

 慌てて首を振り、悪寒を振り払いつつベッドから降りる。

 窓辺に近づいて、ガラスの向こうに凝る闇を見つめた。

 ふと、ガラスに映った若い男――自分と眼が合った。

 一重の切れ長の眼元、細い鼻梁、薄い唇――友人には『雛人形』と渾名される日本人形めいた顔立ちがガラスに映っている。

 名は敦又紫貴(あつまた・しき)。

 生業はちょっと変わった『怪無士(ケムシ)』だ。

 地域によって流派や所属の違いはあれど、『怪無士』に共通するのは通常の常識の範囲で解決できない『怪異』、または『異形の化け物』を『バケ祓い』と称して祓うことにある。

 そうした仕事柄、異形のものにはなにかと関わる機会が絶えない敦又だったが、先ほどのアレは――。

 ―――人間じゃなかった気がする。

 ならば、自分は夢の中で異形のものと感覚を共有したのだろうか。

 それとも、昨日受けたメール……依頼の内容に触発されたものなのか。

『――我々は『不触(サワラズ)の砦』を暴かねばなりません。ぜひお力をお貸しください』

 依頼主とは、今日待ち合わせの予定だが……さて。

 考えようとしたところで、顎が外れんばかりの大きな欠伸が出た。

 それまで整っていた顔がものの見事に崩れる。

 ついでとばかりに伸びをして、敦又は欠伸で出た涙を指先で拭ってため息をついた。

「……あまり行きたくないかも」

 などと言っていることがバレたら、旧友のひとりに『詐欺師め』と罵られそうだ。

 敦又はまだ暗い窓の外に背を向けて、いそいそと『怪無士』の正装――漆黒の和装に着替え始めた。

 気になるのは、夢の中の住人が……やけにリアルに感じられたことと、目覚める直前に彼(?)が発した言葉だ。

「――僕と……くれる?」

 なんて言ったのか……それがひどく気にかかった。


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