下品な言葉遣いは、口臭と同じ【人間は~6】
かつて次のようなことを言った人間がいる。
「苦しんでばかりで成功を望めないとしたら、それはあなたが甘いために、だれかがあなたから甘い汁を吸っているに違いない。もし、苦しまないで成功したなら、だれかがあなたのために苦しんでくれているのだ。しかし、本当の意味での成功は、あなた自身の苦しみなしでは手に入れることはできない」
ここに出てくる。〝苦しむ”という言葉は、努力するという言葉と同義語である。そして、成功とは、努力して新しいより高い目標に到達する、ということなのである。
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私は、ハワイに駐屯中、真珠湾で船から海軍のPBY──飛行機──が、偵察のために海面から飛び立っていくのをよく見た。しかし、海に波風ひとつ立たないときには、たとえ離水速度に達しても、飛行機が水面から離れることができなくなる場合がある。そのとき、パイロットは飛行艇を前後に揺らし、機尾を水面につけて飛び立つ姿勢を作る。こうするとうまく海面から離れることができるのだ。
その姿は、私にとって衰えた伝統から脱出していく象徴そのものであった。しかし、過去のしがらみから飛び立てる者はほとんどいない。なぜなら、私たちの多くが、現状を脱出できなかった人々に育てられてきたからだ。
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アメリカがイギリスから独立したときに、階級などという言葉はなくなった、と思っている人がいるかもしれない。しかしこれは大きな誤解である。アメリカには階級がしっかり残っているし、大多数の人が生まれながらの階級のまま死んでいくのだ。
侯爵や伯爵がいるわけではない。むろん、女王や国王がいるわけでもない。しかし階級は、しっかりとこの国に根づいているのである。アメリカでの階級は、まず話し方と教育で決まる。次が金だ。
そしてファーストクラスの人間になりたかったら、さらに巨大な富を築き上げる必要がある。育った環境が、話し方を決める。話し方の種類は2つ、下品か上品かである。言葉の違いは、一目瞭然でわかるものである。
確かに、ごく例外的な人物を除いて、だれでもきれいな服を着て、高級車に乗ることはできる。しかし、この一見裕福そうな人物が、車から降りて「ドアマンの野郎はどこにおっ立っているんだい?」という質問をしたとたん、いっぺんに化けの皮がはがれてしまうのである。お里が知れてしまうのだ。
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下品な言葉遣いは、口臭と同じものだ。しゃべっている人間は、知らないうちに人に不快感を与えているのである。下品な言葉を使えば、楽園追放の処分が待ち受ける。
別に紳士気取りで言っているのではない。ただ下劣な言葉を使う人間は、少なくともアメリカでは上流階級にふさわしくない、といっただけの話なのである。貧相な話しぶりは隠しとおすことができないのだ。
美しい言葉を話したり、書いたりするのに、クラリネットを吹いたり、絵を描いたりするような特殊な技能はいらないのだ。読書や勉強への意欲がありさえすれば、だれにでもできることなのである。
これこそ学校がまず第一に教えるべき必修課目であろう。国語の知識は、あらゆることの基礎となる。きれいな言葉遣いは、空気が新鮮で、見晴らしのよい高台に登るための第一段階といえよう。
1日1時間でも真剣に読書と勉強を行えば、無理なくマスターすることができる。そして、読書と並行して書く勉強もしておくこと。優れた作家が、言葉をどれほど巧みに使っているかを学ぶために、あなた自身、それらの文章を筆写してみるとよい勉強になるだろう。
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『人間は自分が考えているような人間になる』
きこ書房