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心理的に安全安心なチーム?

最高のチームを目指す!

僕は開業から8年くらいの間、組織の規模拡大に躍起になっていました

最初はそれが自分のやりたいことだと信じて疑いませんでした

でも、規模拡大の目的は、自分が注目してもらうためだと気づきました。。。

そして、経営の方向転換を決めたのが、1年半くらい前のことです

自分が本当にやりたかったのは、「最高のチーム」を作ることだと思ったんです

「最高のチームになれば、規模なんてどうでも良いし、何をするかなんて関係ない」くらいに思っていました

じゃあ、僕にとっての最高のチームとは?

それはメンバー全員が心理的に安全安心を感じられ、本音を言い合えるチームだと思いました

じゃあ、心理的に安全安心とは?

スタッフが不快なく、快適に働けること

スタッフ同士の対立がなく、みんなの仲が良いこと

それが心理的に安全安心なチームなのでしょうか? 

僕はそう思っていました

でも、間違っていました

頭では、「心理的な安全安心 ≠ 快適、不快」 という概念は理解はしていました

でも、心というか、腹というか、もっと深いところでは分かっていなかったんです

結局、僕は「メンバーみんなが不快を感じないチーム」を作ることで、自分が不快にならないようにしてたんです

不快そうにしてる人を見ると、そう思わせるのは自分のせいだと思ってしまうので、その痛みを味わいたくなかったんです

動物病院なんだから、「動物の命を救うこと」以上に優先されることなんてないはずです

なのに、僕はいいチームにすることを優先してしまっていました

それも、自分本位のいいチーム

そのことに気づき、「何をやってたんだろう。。。」と愕然としました

でも、同時に、「やり直そう!」と思えました


スタッフが快適なら、自分も快適になれる

なぜ、いいチームにしようと思ったのか?

開業から5年くらいは僕が現場にいて、一番診療をして、トップダウン型のマネジメントしていた時は、良くも悪くもチームはまとまっていました

でも、メンバーが増え、自分とスタッフの間に溝を感じるようになっていきました

それを境に、マネジメントを勉強するようになり、「いいチームにしよう」と思い、迷走しだしたのです

でも、僕が目指していたことは、「自分にとって不快ではない職場にすること」だったんです

「スタッフ全員が不快ではない職場」を作ることで、自分を不快にしない

おそらく、多くのスタッフにとっては不快感の少ない快適な職場になったと思います

でも、規律が乱れました

そして、不快なことがあれば、「院長や上司がその不快感情をなんとかしてくれるんでしょ!?」というスタッフが増えたように思います

僕がすべきだったのは、ダメなことをダメだと伝えること、ダメな行動をフィードバックすることだったんです

それがすごく嫌だったので、自分が痛みを味わうことなく、手法を用いて解決しようとしました

そして、泥沼にはまってしまったんです

そんな気づきがあり、僕との関係が良くないまま辞めていったスタッフのことが、ふと頭をよぎりました

その人はもっと叱ってほしかったのかもしれないと思いました


もう一つは、反省していることがあります

それは、「スタッフが不快にならないように」「前もって不快を予防するために」という基準で行動していたということです

去年の4月、スタッフの一人がコロナ感染者と濃厚接触したことが分かり、病院を2週間休業しました

そう決めたのは、スタッフに対して気を遣ったからでした

それは愛というよりは、怖れを回避するためにでした

スタッフへの愛でも、患者さんへの愛でもなく、自分の怖れを回避するための決断だったように思います

今思えば、「何をやってたんだろ。。。」と思います

不甲斐なさを感じます


リーダーの役目とは?

問題解決はリーダーやマネジメントを担う者の主な役目です

僕はスタッフの不快感を何とかしてあげることが院長としての役目であり責任だと勘違いしていました

スタッフが不満や不快を感じることを聞き取り、それを何とかしてあげることを問題解決だと思ってやっていた気がします

スタッフ全員が不快を感じずに快適でいられることが、チームの調和であり、それが心理的安全性だと思っていました

そうではなく、

スタッフが輝くこと 

能力を発揮できること 

個性を活かせること 

それを引き出すのがリーダーの役目だと思います

不快よりも快適な方がいいですが、そこは重要ではありません

では、リーダーとしてスタッフやチームを活かすために何ができるだろう?

それを考えて、一つ一つ地道に実施していくことがリーダーとしてのあるべき姿なのだと思ます

スタッフにとって不快な出来事は、問題なのではなく、その人にとってかけがえのない体験なのです

そのスタッフはその体験から、何かを気づき学べるはずです

不快な出来事で精神的に傷ついたのであれば、共感的に話を聴いて、その時に感じた不快感情から逃げるのではなく、その感情に浸り、本当は大切にしたかったことを一緒に見てあげればいいのだと思います

大切にしたかったことを大切にできなかったから、不快な感情が湧いてくるのです

何を大切にしたかったかが分かると、自分とつながる感覚になり、気持ちをリセットすることが出来ます

言い換えると、不快な感情は大切にしたかったことを教えてくれるメッセンジャーなのです

とは言え、多くの人は、不本意な出来事によって湧いてくる不快な感情を味わうことに抵抗し、何とかしてその痛みを避けようとします

相手のせいにしたり、環境のせいにしたりして、自分以外の何かを悪者にして、自分は悪くないと正当化しようとします

または、自己卑下したり、我慢したり、その体験を無かったことにしようとします

そうではなく、不快感も不満も感じて良いのです

何があっても大丈夫なんです

そう思えること、本音が言えたり、いい自分を装う必要がなくなります

それが心理的に安全な状態なのだと思います

これは、「NVC(非暴力コミュニケーション)」からの学びです


もう一つ、スタッフとの関わりで大切にしたいことがあります

起こることをどのように認知しているか?

自分特有の「無意識な認知」の癖を知ること

メンタルモデル」という叡智を使った個人セッションによって、それを紐解くことが可能です


不快感情の奥にある「大切にしたかったこと」を理解すること

自分の「無意識な認知の癖」を知ること

それが出来れれば、他人のことが見えるようになっていきます

なぜ、相手はそういう言動を取らざるを得なかったか?

自分のどんな言動が相手に影響を与えたのか?

ということが見えてきます

アドバイスをしたり、指示命令をしたり、コントロールしようとするのではなく、このような関わりをして、自分の内面を一緒に見てあげる

リーダーとして、そういう関わりをしていきたいです

自分の感情は自分の責任

相手の感情は相手の責任

なので、相手の感情に自分が責任を感じる必要はないんです

相手が自分の感情を見れるように伴走してあげるのです

それが最近、ようやく腹落ちしたことです

そのメッセージを受けとるために、僕はこのチームのマネジメントという体験するチャンスを神様からもらったのだと思いました


そういうあり方、そういう関わり方をし、そして、「動物の命を救う」という軸がブレない組織作りをして行こうと思います

スタッフだけではなく、家族や友人、関わる人すべてに対して、そういう関わりができるようになっていきたいです




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