『掲載情報 : Hanako特別編集 池田浩明責任編集 僕が一生付き合っていきたいパン屋さん。』
2021-3-16
パン作りの工程には、ある種の神秘性がある。
その神秘性を自らに内面化するとき、それがあたかも自らの力によるものであるような全能感を覚える。錯覚ではあるものの、そこには快感がともなう。
麦や菌が物言わぬのを良いことに、自己肯定の道具、承認欲求をインスタントに満たすための道具として、パンを利用する。
かつて自分にもそういう時期があった。
パンを焼けなくなった2年近くの間、自分がこの仕事をまっとうする意味、生きる意味を問い続けた。
その末に巡り会ったのは、何にも依ることのない、全てを手放して丸裸になっても変わることのない、自分自身の“かけがえのなさ”と、それをとり囲んでくれる家族やまわりの人のあたたかい気持ちだった。
自分の恥や浅ましさをのみこんだ上で、過大評価も過小評価もすることなく受け入れる。
その他大勢の中の一人であり、何を持たずとも、人は誰も“かけがえのない存在”であるという、“諦め”と“許し”が混合した感覚。
だからこそ、つらくても生きねばならぬのだ。
そして自分に与えられた役目があるということ。
与えられたのだから、そのことに感謝して、与えられた役目をただ懸命にまっとうするのだと。
そのような思いで、いまパンを焼かせていただいている。
おそらくそんなものを汲み取って、ページを大きく割いてくれた池田さんの愛をいまそのままの大きさで受け取り、幸せな気持ちになる。
まあ、本は自分でAmazonで買いましたけどね(笑)