【児童文学】どんぶりこがやってきた⑤
5.ガチャマシンで金もうけ
久しぶりに、ひめとぼくだけでまったりした時間をすごす。が、そんな時間は長くはつづかなかった。やっぱり。
昼前には、どんぶりこが帰って来た。どうやってかせいだのか、ふところから百円玉をだし、床の間にあるつぼの中にジャラジャラと入れた。
「ひかる、おまえにも小銭のかせぎ方を教えてやろう」
「別にいいよ」
「おもしろいぞ」
「いいってば」
「そうか、おまえは疲れて帰って来た年よりと、かわってやろうなんて気持ちが、これっぽっちもないんだな」
「だったら最初からそう言えよ」
「ひかるはやっぱりやさしいのう。手伝ってくれるのか」
「そうは言ってない」
「むつかしいことではない。家の前にガチャマシンがおいてある。とおりかかった人に二百円を入れてもらって、カプセルをだせばいいんじゃ。どうじゃ、妙案であろう。ガチャマシンなら、黒天女の手下のカラスに見つかることもないしの」
かわってやるなんて、ぼくはひとことも言ってない。それにしても、カプセルをだすってどういうことだろう? だいたい、家の前にガチャマシンなんてあったかな? それに、黒天女ってどんなやつなんだ? カラスをあやつるって、かっこよくないか? 美人でクールなラスボスかもな。
庭をでて、とおりに面したかきねのそばに、人がすわって入れるくらいの大きさの、段ボール箱がおいてあった。正面に墨で『どんぶりガチャ』と書いてあって、お金を入れる細長い穴のところに『二百円』と書いてある。下の方にカプセルがでてくる窓があって、まん中には、段ボールで作ったダイヤルまでついていた。
ガチャマシンってこれか? いつの間に作ったんだ。こんなダサいどんガチャやるやつなんていないだろ。だけど、とりあえず底ぬけの段ボール箱をかたむけて、下から中に入ってみた。お金を入れる穴から外をのぞいていると、いなかといっても、昼間はけっこう人がとおることに気がついた。
道の反対側に、小さい男の子を連れた親子が見えた。
「ママ、あれなあに?」
「どんぶりガチャだって」
「やりたいやりたい」
「だめよ」
「やだ、やるう」
「だめだめ、おばけがでてきたらどうするの?」
母親は、男の子の手をひっぱって行ってしまった。
てきとうなこと言って、おばけはないだろう。でもぼくだって、こんなわけのわからないどんガチャがあってもやらないな。こんなんで本当に小銭がかせげるのか? もうため息しかでない。
ぼくのまわりに転がっているカプセルをぼーっと見ていたら、箱の外に誰かいるような気がした。お金を入れる穴からのぞくと、しわくちゃなおばあさんが、じーっとこっちを見ている。
「銭を入れて、ここをまわしたら何かでてくるのかい?」
「はい」
思わず返事をして、あわてて口をふさいだ。
「へえー」
おばあさんはおどろくこともなく、かっぽう着のポケットから小銭をだして、十円玉を入れた。
「あ、えっと、二百円です」
「二百円?」
おばあさんはポケットをさぐり、五円玉や一円玉をひとつずつ入れては、ダイヤルをまわしているらしい。
「えーと、あといくらかの?」
「あ、もうだいじょうぶです」
ぼくもぜんぜん数えてなくて、たぶん足りない。だけど、なんだかもうしわけなくなって、下の窓からカプセルをひとつだした。
「ほー、こんなものくれるんかい。ほー、中に何か入っとる」
おばあさんが、持っているビニール袋をがさごそやっている。何をしているのかと思っていたら、カプセルをだす窓から、どろだらけのにんじんが入って来た。びっくりしたあ。
ガチャマシンの中って、けっこうおもしろいかも。ぼくは、ズボンについたどろをはらった。
しばらくすると、さわがしい女子の声が聞こえてきた。二人組の女子高生らしい。
「みてこれー、どんぶりガチャだってえ」
「えー、なにこれうけるう」
「やだあ、ダイヤルとかついてるし」
「まわしてもいみないよねえ」
そういいながら、段ボールで作ったダイヤルをぐるぐるまわしているらしい。
「うけるう」
ダイヤルをいくらまわしたって、お金を入れなきゃ意地でもカプセルをだしてやらない。おしゃべりな女子って、ちょっとにがてだ。買わないなら早くどこかへ行ってくれ。ぼくは箱の中で、できるだけうしろにはりついてじっとしていた。
「なんか、おもしろそう。二百円だって」
いきなり百円玉がふたつ入って来た。ぼくはあわてて、手にふれたカプセルをつかんで、下の窓からだした。カサカサとカプセルを開ける音がする。
「かつどんストラップだってえ。かわいー」
「ほんとだ、かわいー。私もやろうっと」
また、百円玉がふたつ入って来た。こんなのがかわいいなんて、ぼくにはわからない。こんどは天丼ストラップをだした。
「私はてんどーん」
おまえは天丼ではないだろう、と思う。
「えーいいなあ」
そこへ、女子高生の集団がやって来た。春休みなのに、何でこんなにいるんだ。そうか、部活かあ。あーあ。
「なにやってるの?」
「みて、このストラップ、かわいくない?」
「ほんとだあ、このどんガチャ?」
「そう、このどんガチャ」
それから次々に二百円が入ってきて、ぼくはそのたび、テキトーにカプセルをだした。
「やっぱりてんどんがいいなあ。もっかいやろう」
そう言われたら、天丼ストラップをだすしかない。ぼくは急いで天丼をさがした。
「やった、てんどんストラップ」
ぜったい遊ばれている。ぼくは汗だくになりながら、年上女子のいいなりになっている。なのに、なぜかいやじゃないのはどうしてなんだ。
「私もやってみようかしら」
「あ、どうぞ。これすごくかわいいですよ」
「ありがとう」
ひかえめで、すっごくやさしい声がした。ぜったいかわいい子だろ。ぼくは、急いで海鮮丼ストラップを見つけ、下の窓からやさしく転がした。
「えーと、何かしら?」
「わあ、すごい!」
「いいなあ。それ、シークレットの海鮮丼ですよ」
「そうなんですか。ありがとう、大切にします」
ガチャマシンにむかって、おじぎをしているらしい。何てかわいいんだ。こんなお姉さんだったら大かんげいだ。
全員がどんガチャをやったのだろうか? しばらくおしゃべりが聞こえていたが、やっと女子高生の集団がいなくなった。もうぐったり。最初は誰もやるわけないと思ったけど、カプセルもほとんどなくなって、小銭がけっこうたまった。
その夜、どんぶりこに女子高生の話をしたら、ごしょうだから午前と午後をかわってくれとしつこく言われた。エロじじいめ。ひめがこっちを見ている。いやだと言ったらぼくもエロ小学生になるから、しかたなくかわってやった。
翌朝になると、ヤシの木にからまったツルに、カプセルがたくさん実っていた。朝からガチャマシンをやることになったぼくは、カプセルをもぎとらなくてはいけない。けっきょく、早起きしなきゃいけないじゃないか。
次の日も、また次の日も、どんガチャをやる女子高生がどんどんふえていった。どうも、女子高生のあいだでひょうばんになっているらしい。おかげで毎日カプセルはなくなるが、そのわりに小銭がたまらないのは、どんぶりこが女子高生には、ほいほいだしているらしかった。こんなんで小銭がたまるんだろうか? まあいい。ぼくたちは毎夜、女子高生の話でもりあがった。
つづく