【児童文学】どんぶりこがやってきた②
2.あやしい坊主
愛ちゃんはかあさんの妹だけど、愛ちゃんってよばないといけない。おばちゃんって言うと、きげんが悪くなる。
夕べぼくは、その愛ちゃんが持って帰って来た、ごうか弁当をお腹いっぱい食べて、朝はササッと焼いてくれたトーストを食べた。それから愛ちゃんは、ぼくの昼ごはんのお金をおいて、バタバタとでかけて行った。ふう……、急にガランとする。
ふた間つづきの広い客間に納戸、ほとんど使ってなくて、ざしきわらしでも住んでいるんじゃないかって思う。そのくせ、ハワイアンなインテリアでうめつくされた、変な和室もある。
ぼくは居間の堀こたつに入って、台所にちょこんとすわっているひめをまじまじと見た。
「おまえ、やっぱり不細工だなあ。もっとシュッとした顔で、サラサラの長い毛だったらかっこいいのにな」
ひめは顔をかしげてぼくを見ているだけだ。一週間こうやってひめとすごすのかと思うと、さすがにちょっとたいくつだ。きょうは何をしようかなあってぼんやり考えていると、いきなり玄関のガラス戸が開く音がした。
「どんぶりこー、誰かおるかのう」
ビビったあ。誰だ? 玄関の土間をのぞくと、足の見える短い着物を着て、ぼさぼさ頭でガリガリのちっこいじいさんが立っていた。
「あやしい者ではない。近くの山寺の坊主じゃ」
めっちゃあやしい。
「近くの山寺ってどこだよ?」
「ほれ、裏の方にある曇天山の寺じゃ」
「どんてん山? 聞いたことない」
「それよりのどがかわいた。上がらせてもらうぞ」
いいとか、ひとことも言っていないのに、坊主は勝手に家の中に入って来た。
「お、犬か」
坊主は、ひめの顔を両手ではさみ、ぐりぐりなでている。
「え、ひめ、おまえ」
ひめは愛ちゃんにもあんまりなついていないのに、知らない人にさわられて平気なんておどろきだ。
「ひめっていうのか、そうかそうか」
こいつ、本物の坊主なのか? たれ目でハの字まゆ毛のせいかもしれないけど、そんなに悪いやつじゃないのかもって思えてきた。
こんどは冷蔵庫からジュースをだして、コップに入れて勝手に飲みはじめた。
「ほら、おまえも飲め」
いつの間にか、ぼくは坊主とふたりでジュースを飲んでいた。
ジリジリ ジリジリ
「えっ? 何?」
「ほれ、そこの電話じゃ」
居間にある古い黒電話がなった。ただのインテリアじゃなかったんだ。
ジリジリ ジリジリ
あれ? この電話どうやって話すんだ?
ジリジリ ジリジリ
電話の前で考えていると、坊主が横からひょいと手をのばして、受話器を取って耳にあてた。
「あー、もしもし」
わあ、やめろ! ぼくはあわてて坊主から受話器をもぎ取った。
「も、もしもし」
「もしもし。あれ、ひかる? 今、変な声がしなかった?」
やばい、愛ちゃんだ。ぼくが勝手に、変なやつを家に入れたって思われる。
「あ、愛ちゃん。ゲホッ。のどの調子がちょっと。エヘン」
「だいじょうぶ?」
「うん、平気だよ。それよりどうしたの?」
「そうそう、あのさー、一週間仕事で家に帰れなくなったのよ」
「えっ、一週間? ぼくがいるあいだずっとってこと?」
「そうなるわね。ひかるとひめだけになっちゃうなあと思って。どうしようか?」
どうしようかってぼくに聞く? あ、待てよ。そうか、ずっとひとりで好きなことができるじゃないか。こんなチャンスめったにないぞ。
「えーと、じゃあ、かあさんに連絡して来てもらう」
かあさんに来てもらうつもりなんか、まったくない。ぼくの口が、勝手にそう言った。
「そう? 悪いわね」
「だいじょうぶだよ。ひめのこともまかせて」
「助かる、じゃあお願い。時間もあまりなくてさ、おかあさんにはひかるからよろしく言っといて」
「オッケー、ゆっくりしてきていいよ。じゃあね」
うまくいったぞ。ぼくが何をしても、誰にももんくを言われない。ワクワクしてきた。あとは、坊主をどうするかだな。
つづく