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レゴシリアスプレイメソッドに流れるデザイナーマインドについて

 このNoteは前回に書いた以下のNoteの続編的な位置付けになる。

 そのNoteではクラウス・クリッペンドルフの『意味論的転回』という著書の冒頭部分を扱った。

 その冒頭部分においては、デザイナー・マインドもしくはデザイナーシップとも呼ぶべき、あり方について述べられている部分がある。

 本書では、デザイナーは科学者と対比して位置付けられている。そうというのもノーベル経済学賞受賞者のハーバート・A・サイモンの著した『デザインの科学』というタイトルにも現れているように、デザインは科学的思考・態度を持った者(要するに科学者)によって発展するという考え方があるからだ。クリッペンドルフはそうではない思考や態度を取る人として、デザイナーを以下のように描く。

(1)デザイナーは、難問、より良いものに向けて何かを変える機会、多様性を世界に導入する可能性、によって動機付けられている。
(2)デザイナーは可能な将来を考える。
(3)デザイナーは未来を選択するために、未来の望ましさを評価する。
(4)デザイナーは変更可能なものを求めて、現在を探索する。
(5)デザイナーは現在から望ましい未来についての現実的な進路を創造し、達成する。そしてデザインを結実させることのできる人(ステークホルダー)に対してそうした進路を提案する。

 これを見てレゴシリアスプレイメソッドで、ファシリテーターと参加者がともに心掛けておくべきことに近いと感じた。
 データや論理性によって行為の選択肢を消すのではなく、より多くの可能な選択肢を探す。論理性の正しさではなく、その前提となっているともいえる価値観の妥当性を問う。実現する確率を計算するのではなく、誰と力を合わせれば叶えることができるかを提案する。
 これらは、レゴシリアスプレイメソッドで展開されるディスコースの特徴だと経験的に感じる。ワークの参加者は全員これらのデザイナーマインドをもって参加しているのであり、ファシリテーターはワークの参加者を意味のデザイナーとして参画させる役割を担っていると解釈できるのである。

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