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吾輩はバイクである


 
 吾輩なんて言ったけどちょっと渋いよね。僕はホンダのスクーターです。スクーターでもバイクって言っていいんだよね? 
 僕を買ってくれたのは男の人なんだけど、彼は奥さんに買ってあげたんだ。彼は納車の時に僕に内緒話をしてくれた。
「うさこにね内緒のプレゼントなんだよ、びっくりさせたいんだ」
彼が奥さんに僕の事欲しい?って聞いたら、彼女はううんって首を横に振ったんだって。僕はどういうこと?って思っちゃったよ。いらないって言われたのにプレゼントしようとしながら、この人はとてもワクワクとしてるんだ。僕は果たして喜ばれるのかなぁ。
 
 僕とその、うさこさんは対面した。彼女は目を丸くして僕を見た。僕は不安だったんだけど、よくよく顔を見てみると目が嬉しそうだったからほっとした。
 
 うさこさんは僕を気に入り、うさこさんは僕の君になった。
 
 君は僕の荷物入れをとても喜んだ。君は前に乗っていた二台のバイクのことを話してくれた。二台ともこんなに荷物を運べなかったわと言って、スーパーに行くとビニール袋に入った食べ物とかを僕に積んだ。たまに買いすぎてギュウギュウ押し込むから、みぞおちみたいなところが、ウッてなるのはどうにかならないかなって思ってた。そうしたらある日リアケースを付けてくれた。まだたまに買いすぎて、ハンドルに袋を引っ掛けてフラフラと走り出すから、僕はコケないかなって心配するけど、みぞおちのウッはなくなった。
 
 前の二台のバイクは僕よりもだいぶ小さかったんだって。僕だってそんなに大きいほうじゃないから、余程チビなやつだったんだね。
 そうそう、君はたまに彼からチビって呼ばれてる。君は小さいのかな。よく分からないけど、彼よりは小さい。たまに重くなったり軽くなったりするけど、足の長さとか手の長さとかは、僕とピッタリ合うみたいだ。
 
 ある夜、僕は駐輪場で眠れないでいた。お月様がまん丸で光ってて眩しかったんだ。

すいませーん、ライト、ハイにしないでもらえませんかー

お月様にそう言ってみたんだけど、知らんぷりされた。なんて、僕は月がとても遠くにいることを知ってるよ。
    僕がタイにいた時になんかの拍子に、年取った老バイクと横並びになったことがあったんだ。おじいさんは見たこともないくらい泥んこだったから、僕はちょっと緊張して目を合わさないようにしていた。
おじいさんはエンジンをかけてもいないのに、声を出すと白煙をはき出すように見えた。

見たこともない形だな。生まれたてか。

思ったよりも怖くないおじいさんみたいだった。

はい、これから日本に行くんです。おじいさんはこれから何をするんですか?

おじいさんがあまりにも傷だらけのホイールを付けているもんだから、僕は彼が冒険家だと思ったんだ。もちろんそれは当たっていた。

もうここの道は知り尽くしたんでな。次は月に行く予定だ。私はムーンライダーを探しに行こうと思ってる。

ムーンライダー?、僕は知りませんが、見つけたら乗せるんですか?

いいや、私が乗るんだよ。月は重力がなくて全部があべこべにひっくり返るようだ。私はライダーをやったことがないから楽しみだよ。

そのあとおじいさんは月を眺めて、ここからだと何度も給油せにゃなぁって言っていた。あのおじいさんが何度も給油するなんて、月はとても遠いんだ。

 ほかのある夜に、とても小さなありんこがやって来た。ありんこは世代を超えるメッセンジャーだと言ってきた。
君にメッセージがあるぜ
とても小さな声で聞き取りにくい。だから夜に来るんだと言っていた。本当は夜明けの直前がいいんだけど、新聞配達の人に踏みつけられそうになったからやめたんだって。
    メッセージは君の二台前のバイクからだった。つまり最初のバイクだ。ありんこが芥子粒みたいなものを前足に付けて振り回している。僕はありんこにメッセージを読んでくれないかと頼んだ。よしいいぜと読んでくれたメッセージはこうだった。
コノオナゴカギワスレル
ありんこはも一個あるぜ、読むかと言って続けた。
コノオナゴカギワスレヤガッタ
あとの方のメッセージは一台前のバイクからだった。
 僕はなんのことかわかったので、ああと思った。僕はもう経験済みだった。君は新しい場所、新しい駐輪場に着くと気もそぞろで、鍵を付けたまま行ってしまうんだ。ともあれわざわざメッセージを届けてくれたありんこにお礼を言った。
   いいってことよ、俺っちここに住んでんだ、よろしくな
僕の足元のコンクリートの端っこの方は土とか草に覆われている。よく見ればありんこの巣。なかなか立派な巣じゃないか。他のありんこが忙しそうに出入りしている。みんな何してるのと聞くと、
 女はな、みんな忙しいんだ、俺暇でさ、また来るからよ
そう言って巣とは反対の方へ歩いて行った。忙しそうな他のありんこも仲良くしてくれるかな。ともあれ僕はご近所さんに知り合いができてちょっと嬉しい。
    僕は貰ったのとは違うメッセージを残したいと思った。だって三回も同じメッセージだったら次のバイクが、君を信用しなくなってしまうかもしれないじゃないか。

    君とは毎日君の職場に行く。道でよく出会うバイクがいるんだ。バイクは僕と同じくらいのスクーターで、君はどちらかというとバイクよりも乗ってる人を気に入っている。一人はオカンみたいな人だ。半ヘルでお腹がでっぷりとしていて、タバコをたくさん吸ってお酒もたくさん飲みそうな人だ。夏は半袖から日焼けした、ぶるんとした二の腕をのぞかせている。もう一人は君より多分若いお姉さんなんだけど、このお姉さんのコーディネイトに君は魅了されている。君が言うには、驚くべき組み合わせを裸足のクロックスでまとめ上げているんだって。僕もクロックスには目を奪われるよ。寒い冬も裸足でクロックスなんだもの。このお姉さんも半ヘルだ。君には半ヘルはかぶらないで欲しいな。
    この二人に出会うと君は色んな寸劇を始めるんだ。オカンが君のお母さんで、お姉さんの方は妹だったり姪っ子だったりしている。君は出戻りの長女か出戻りの未亡人だ。ねぇ母さん今日のご飯はなぁに?、唐揚げにするか!うさこ、もも肉買っといで!、とか、あんたあの男と付き合うのやめな!、んだよ、ほっとけよ!、姉ちゃん全部失敗してんじゃん!、なぁんですってぇぇー!、とか。僕も天馬とか麒麟とかの役で参戦してみたいなぁ。

    ある風の強い日に、僕は君の職場で君を待っている時に、風との相撲で負けてしまった。意地悪な風は僕を普通には倒さなかった。一メートルくらい段差のある隣の敷地に突き落としたんだ。

やいお前、俺様の可愛い妹の春一番を手篭めにして捨てたろう?、妹はな失望のあまり、青嵐なんてやつと付き合い始めて不良になっちまった、全部お前のせいだ、この人気のない崖に呼び出したのは、お前を亡きものにするためだ!、そうれ!

やめろ濡れ衣だ!、春一番なんて知らないよ、やめてくれ、野分か空っ風に聞けば分かる、僕は会ったこともないんだあぁぁぁ

君の寸劇癖がうつってしまった。ともかく僕はちょっとした怪我をした。命に別状はなかったけど、だからって大丈夫なわけじゃなかったんだよ。君には僕を待たせる場所をもっと考えて欲しいな。僕はその日のうちに君の馴染みのバイク屋さんのところに入院した。倒れて下になった側の傷は今でも残ってるよ。僕もそのうちにあの、タイで会った老冒険家みたいになるんだろうか。でも僕はまだまだ若くて素晴らしいバイクだからね、次の日には退院さ。

    僕のいる駐輪場の同じ並びに彼のバイクがいる。彼のバイクの祖国はイタリアだ。休んでる時はすっぽりとカバーをかけられているから、あんまりその姿を見せないんだけど、何回か彼がそのバイクにまたがって出かけていくのを見たことがある。とてもすごい咆哮をあげて走り去っていくんだ。僕はドキドキしてしまって目が離せない。街を走っていてもあんなに吠えながら走ってるバイクは滅多にいない。いつだって勝どきを上げてるみたいなんだ。僕はそのバイクが果たして話せるのかどうかまだよくわからない。もしできたらイタリアのお話なんかを聞いてみたいんだけどな。

    僕は姿見の前で、ミラーの角度や落下してできたステップの辺りの傷なんかを眺めていた。そうしたら僕がみるみる変化してあれれ、彼のバイクになっちゃった。僕は困ったんだよ。こんなになってしまったら君が乗れなくなってしまうじゃないか。こうなったからには僕もあの咆哮を上げるんだ。かっこよく。

    君が僕と出かけるためにやって来る。君は僕のことがわからなくてキョロキョロと僕を探す。いないもんだから君は僕を彼のバイクだと思って、僕が一体どこにいるのか聞くんだ。僕は口を開く。口から出るのはあの咆哮。僕はなんだか気持ちよくなって、色んな方向に向けて咆哮を撒き散らす。

ああそうか、僕はまだ成長過程だったんだ。僕はやっと大人になった。ごめんなさい、君。君が僕に乗れなくなっても、もう僕にはどうすることもできないんだ。僕はどんどんと成長を続けてもはや大型バイクだ。君は頑張って大型免許を取るべきだね。だって僕はもうこんなだもの。僕は咆哮がくせになる。

僕は咆哮で目が覚めた。同じ並びで彼が彼のバイクに好きなように叫ばせている。


    僕はまた君を乗せられるんだって安心したんだよ。ほんとだよ。僕は君と何度も給油をしながら旅してみたいんだ。どこまでも。ねぇ今度そうしようよ。



こんにちは。読んでくださった方、ありがとうございました。これは「バッテリー上がり」の前日譚として書きました。バイクが好きな方ならば気に入っていただけるかもしれません。またそのうちに他のバイクのお話も書いてみたいと思っております。😄






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