データはレンゲ畑の夢を見る
ミンミンゼミとツクツクボウシが鳴く庭に立つ。そこに雪を降らせてみた。ひらひらと舞い降りる雪を手で受け止める。ひんやりとした感触が感じられる。夏の気温の中の雪は不思議なものだ。真冬の気温にしてみた。黒い上着を羽織り、袖で雪を受け止め、その雪に目を凝らす。ああ、ちゃんと結晶が見えた。これは当たりのデータだ。私は満足して元の夏の庭に戻した。
コンタクトの申請がある。見れば夫の二号さんだ。承認しますかとウィンドウが出てきて、赤いボタンの方のいいえを選択する。選択する前に一度指を止め、緑のはいと赤のいいえを見比べ、きちんと間違えないようにした。一度間違えて承認してしまい、二号さんのアバターと対面したことがある。若くて美しく、隙のない姿が蘇る。彼女は明るく挨拶をした後に、よそ行きでない私の格好を見てか、情けをかけるように直ぐに出ていってくれた。彼女をぽかんと見送りながら目の前に、このユーザーを登録しますかの問いが現れた。迷うことはないのに少し躊躇ってしまった。
部分的な記憶の消去はできないものか。調べてみたけれど、できると誘導しておきながら、その前にその記憶買い取りますとか、あなたの人生全て買い取りますとか、信用できない情報ばかりであった。結局のところ、出来ましたと言っている人は、ただの偶然のバグなんではみたいな意見が主流だった。簡単そうなのに残念なことだ。
二号さんの余韻を振り切るために、配信ドラマで気が紛れるものはないかと、めぼしいものを探した。「荒野の伝説アニー」というタイトルに指が止まる。そういえばずっと前に、数話を見たままだったっけ。
アニーは、アニー・スミスという、開拓地に初の女学校を開校した人物をもとに作られた、西部劇のヒロインだ。夫との不幸な結婚を捨て、新天地でまずは酒場を開く。新天地と言いながら、元の住まいからそれほど離れていないのか、夫、夫の浮気相手、義母などが、彼女の元へやって来る。アニーは美人で賢く、免許を持っている訳ではないが、何故か医療にも通じていて、近くに住む開業医のご老体と意見を衝突させたりする。開業医の跡取り息子は話のわかるイケメンだ。対してイケメンでもないのにモテる夫は、何人ものうら若き美人に手を出し、生活に困った夫の元カノたちがアニーの元を訪れる。アニーは彼女達を雇い入れて仕事を与えたり、子供の子守りをしたり、再出発の旅費を出してあげたりと面倒見が良い。アニーは夫の元カノ達と楽しげに酒を酌み交わす。
このドラマは好きだ。アニーの器の大きさは尊敬に値する。私も世間からすると心の広い正妻らしい。しかし全然違う。二号さんと関わりたがらない私は、器が小鉢ということなのか。
どうせなら男どもに酒を酌み交わせたい。男どもが酒を酌み交わすには、男を集めなければならないのだが、私にはさほどの奔放さがない。つまらん。
アニーさんに会う気力が失せてしまった。
二号さんからはメールが届いていた。お茶に誘われてしまった。一号さんはこんなこと言ってこなかったのに。面倒臭いな。
私?私は零号なのだ。名前だけはかっこいい。
なぜ二号さんが私にコンタクトしてきたのかというと、夫に三号さんができたと疑って、探りを入れてきたのだ。そしてそれは多分当たっている。女の勘はたいてい精度が良い。
おや、猫が。私は急いで猫用の体感レイヤーを被り、飼い猫の到来を待った。こうなってからも誰かから必要とされるのは幸せを感じるものだ。猫が喉を鳴らすのが聞こえる。名前を呼ぶと手に毛皮を押し付けてくる感触が感じられる。
かつてのこの子はまず人の指の関節で目を擦るのが好きだった。次に髭や口の辺りをグイグイと擦り付け、機嫌が良ければ甘噛みをしてくる。さらにご飯時であれば、それが本噛みとなりイテテとなるのだ。データになってからは痛みを感じないので、いくらでも本噛みをさせてあげられる。でもたまには痛みを感じたくなり、本噛みがやって来るぞとなる時に痛覚のレイヤーを素早く被る。それは以前の痛みとは少し違う。日々アップデートがなされている世界でも、以前と同じようにはならない部分もある。
この猫用レイヤーは接触バリエーションが1000通りあるとの触れ込みだったが、本当なのか疑っている。しかし他のレイヤーよりも映像の再現度が高い。使用者の記憶から外見のデータの補完をするらしく、そのさじ加減が秀逸だ。おかげで毛の模様の細かな所や毛並みのくせまで、記憶にあるうちの猫とそっくりに見える。多少接触バリエーションに不満があっても良しとしている。
一時期、外見の願望を映像化するのに特化したお遊びのレイヤーを、ペットに被せて楽しむのが流行ったことがあった。犬猫は面白い変化をすることが多かった。小さな人間で、飼い主と瓜二つ、どこの誰だか分からない人、二足歩行になったり、人の手を持つようになったりした。大きな子猫や子犬になることもあった。もちろん信憑性は怪しいものだ。うちの猫にそのレイヤーを被せてみたら、なんの変化もないままであった。潔く猫として生きていると、夫はSNSで自慢していた。
元は家猫だったのだが、データになったからには家も外もない。居なくなるがよくコンタクトしてくれる。居なくならないうちにと名前を呼びながら、飼い猫にツナ缶のレイヤーを素早く被せた。ツナ缶を開けると、尾をピンとさせて、くるくるとたたらを踏んでいる。
猫がツナ缶に夢中なうちにセキュリティをチェックする。データとなり晴れて自由な猫となったとはいえ、嗜虐趣味のある輩からは守らなければならない。管理者は私と夫である。たまに夫がパスワードを聞き直してくるので、夫のデータになにかバグがあるのではと疑っている。少し言いづらい。ああそうだ。どうせなら二号さんに伝えてもらおうか。こういうのを明るく伝えるのは得意そうだし。ああ駄目だ、仲良くしてどうする。
気を取り直して飼い猫の接触履歴を見る。新規接触条件を厳しくしてあるとはいえ、新しい接触者もちらほらいる。こいつめ、二号さんのところにも。というか夫と一緒だったのか。あ、和牛ステーキ貰ってる。なんか悔しい。
かつて肉体があった時のうちの飼い猫の人間趣味は一貫性があった。若いイケメン風で背が高すぎないお兄さんが好きだった。ちなみに雄猫である。データになって公表される身体のサイズに信憑性があるとは限らないので、上背のことは判断出来兼ねるけれど、接触一覧で能動的接触と条件付けて検索すると、アイコンを見る限り若い男性が多い。
この子は元々珍しい品種の為、高額なせいかペットショップで売れ残りだった。九ヶ月の頃に出会ったのだが、そこのペットショップの「この子は僕の一番のお気に入り」と言っていたスタッフの外見がそれだった。
基本的には猫よりも人間が好きな子なので、アイコンは人間ばかりだ。
ツナ缶に飽きた猫が足元にやって来る。あ、部屋のレイヤー被せてなかった。手にじゃれつかせておいて急いで、かつて猫と暮らしていた部屋のレイヤーを猫に被せた。「外出る?」とベランダの窓へと猫を誘導する。足取り軽く嬉しそうに付いて来た。
窓を開けると元のベランダを再現はしてあるが、その先はかつての現実とは違い、広々とした野原になっている。近所の公園や、出身地の田畑や、夫と旅行に行った北海道の丘陵地帯のミックスだ。手前の木には蝉を多めに配置している。早速、猫が蝉を一匹捕まえて見せに来た。以前のようにすぐ離すように言われないので捕まえた蝉は好きなようにできる。しかしそのせいか飽きるのも早い。行ってしまうかなと見守っていたが、毛繕いを始めたのでしばらくは居てくれるようだ。
猫が嫌がらないような距離をとって、草の上にゴロンと横になった。すぐそばのキュウリグサを眺めながら、もう少し増やしたいなぁと考える。でもれんげ畑も作りたい。ねじりばなと庭石英ももっと欲しい。
ここの草原は植物や生き物を好きなように導入してしまっているので季節はちゃんぽんだ。いかにも素人の作った庭である。プロの作った庭は季節や場所を統一させるのが基本だ。庭づくりのSNSには玄人裸足の気合いの入った庭の美しい写真や体験データが毎日大量に更新されている。ここはそれらと比べてフィールドがかなり広く、まとまりがない。それでも気に入っている。
夫がたまに勝手にここへ置き土産をする。この間、菜の花畑と桜の木のエリアに、見覚えのない柳の木が数本あった。どうして置いたのかと聞くと、千葉でこういうの見ただろう?との事だった。私には覚えがない。人の庭だからと好き勝手にやっているだけかもしれない。気に入らなければ消去してもいいと言われながら、いつも持ってくるものが比較的大きなものが多く、それがかえって消していいものかどうか頭を悩ませる羽目になるのだ。今度夫からのものを全て一画にまとめてみようか。ダリの絵のような不条理感が漂ってきっと面白い。そうだそこに、この間持って来られたロココ調の真っ白なあずま屋とか置いたら、ピッタリ合うかもしれない。
夫はどうもバラ園を作るべく計画を立てているようだ。この間小さなミツバチの群れを持って来た。私はそれでれんげ畑を作りたくなったのだ。そうだった、あのあずま屋を真っ白すぎないように色を入れる予定もあった。
色々と考えていたら眠くなってきた。猫はまだ居る。どうせなら、起きたらいつの間にか居なかったというのがいい。行ってしまう猫を見送るのは寂しい。
ウトウトとまどろんでいるとコンタクトの通知が来た。そのまま居留守で寝てしまいたかったが見てしまった。二号さんからだった。もちろん承認せずに放っておいたらメールが届いた。茶会への再三のお誘いだ。一度最初に断ったのに彼女は聞かなかった振りをして愛想良くまとわりついてくる。営業力に長けているのだ。つい営業努力に負けてしまいたくなるが、やはり行きなくないものは行きたくない。
「猫のデータに重大な欠陥が見つかりましてウィルスかもしれません。しばらくそのことを調べたいです。ごめんなさい。またの機会にお誘いください」
とメールを書く。またの機会はありませんように。
少し考えてから猫の接触履歴を見る。その中から適当に数人ピックアップして、三号さん候補かもしれないと付け加えておいた。これでしばらくお誘いはないはずだ。許せ夫よ。
せっかくのウトウトがなくなってしまったのでまた庭の計画をあれこれと考えていると、夫からコンタクトがあった。承認するとアバターが現れる。猫の様子を見に来たと言う。病気なのかとあわてている。二号さん経由だろう。猫の変わりない様子を見ると、夫は面白がるように機嫌が良くなった。ミツバチの追加と、れんげ畑用のフィールドパネルを送ってくれるそうだ。庭の容量を増やしたいかと聞いてくるのでそうしたいと言っておいた。
じゃあと帰ろうとする夫に猫が付いて行こうとする。二号さんと一緒に居るのであろう、夫は今はちょっとまずいかもなと言うので、猫に拘束レイヤーをかけて抱き止めた。猫のシルエットは私の腕の中で少し身をよじらせたが、すぐに諦めた様子を見せる。
夫のアバターが消えて腕の中の猫は不機嫌そうに尾を振っている。おやつ食べる?と聞くと猫は目をキラキラとさせて喉を鳴らし始めた。拘束レイヤーを取り除く。この順番は鉄板である。
おやつを食べる猫を見ながら、二号さんのあの剣幕ではすぐに、四号さんが現れそうだなどと考える。ふと一号さんの存在が色濃い頃に、私が恋心を抱いた相手のことを思い浮かべた。私は良いプラトニックラブだと思い体験データとして公開しているのだが、評価は五点満点で二点である。女性からはまぁまぁの評価を得たものの、女性特有の褒め合う習性ゆえかもしれないが、男性からはストーカーじみていると評判が悪かった。一とか付けられると落ち込むので女性限定にしたのだが、日々様々な体験データが更新され続けるレンタル界隈では、あっという間に埋もれてしまい、借り手がなく評価は二のままだ。
思い立って久しぶりにプラトニックラブの体験データを開いてみた。タグ付けを少し変える。いくつかあるタグの中から、♯恋愛を外して♯恋に付け替えた。更新する。これで一応新着扱いになるので、またアクセスがあるかもしれない。
プラトニックラブ体験★★☆☆☆ 15件
ユーザー きかち
切なかった想いをデータにしました。データ化直前のものなのでリアルさは多少はあると思います。男性にとっては共感が得にくいものですので、しばらく女性限定とさせて頂いております。女性からは良い評価を頂いております。よろしくお願いします。
#プラトニックラブ #切ない#片想い#両想い#恋
あずま屋の色付けが上手くいかない。私は昔からそうだった。絵を描くと下絵は他人にも褒められるくらいなのだが、色の付け方の加減が分からなくなってしまい結局台無しにしてしまう。すっかりヘドロっぽく色が付いてしまったのをちまちまと戻していたが、面倒になってリセットしてしまった。目に刺さるような真っ白に、ヘドロよりはマシだなぁと思い始めてしまう。これは一度離れなければと部屋に戻って、ニュース一覧を見る。
近頃バグについて調べたから仕方ないのだが、バグ摘出屋やデータドックの広告ばかり出てくる。目立つ広告ほど怪しいものばかりだ。
最近面白いニュースがあった。
怪しい広告の一つに、「あなたの国を作りませんか!」というのがある。普通は怪しい広告に関わると、ウィルスに侵される恐れがあるとされている。アクセスしたが最後、データを消されてしまって居なくなってしまった人もいる等々、まことしやかに囁かれていた。なので皆相手にしないのであるが、あるルポライターがその広告にアクセスをした。自身のデータ番号等の個人情報も果敢に入力し、最後の最後、「おめでとうございます! 王よ!あなたの国が出来ました。名前を付けてください。The King of_________」まで付き合った。ルポライターが出来たという国を訪れると、そこは水平線に囲まれた島でもなく、果てが地平線の領土などない倉庫の中であり、何もない真っ暗な倉庫を出ると、自分の部屋の中であった。もう一度その倉庫には戻ることは出来なかった。自身の移動履歴を見ると確かに倉庫には行っているのだが、その場所は存在しない場所であった。
この広告を出した人物を突き止めたところ、出身地が曰く付きの島、ゴフ島のユーザーであったが、既に所在がわからなくなっていた。詐欺広告の目的もわからずじまいである。
私がゴフ島のことを知ったのは、飼い猫のセキュリティ設定について情報を得ようと、SNSをあちらこちらと訪れていた時だ。
「AIデータと疑われるゴフ島出身者との接触は避けるべき」という発言に対して、否定的な意見はほぼ見られなかった。加えて、ゴフ島出身者は他国へ移住している場合が多いので、出身国のみならず、経歴にゴフ島が含まれているユーザーの接触も除外するよう、セキュリティ設定の接触除外ワードに「ゴフ島 Gough Island」を付け加えるというのが主流のようであった。
元のゴフ島は南大西洋の小さな島で、ほぼ無人島扱いの島であり、住民は気象観測所のスタッフくらいのものであった。あるイギリス人ユーザーが、ゴフ島の人口が二億三千万とデータ上に表示されているとSNS上で発言したことによって、この島は注目を浴びる事となった。
人のデータにAIのものが相当数含まれているのではないかと、人々の間で認識され始め、各国で人口の集計が行われた。人間のデータ化の進捗状況は不明ではあったものの、百パーセントではないのは確実視されていた。それにも関わらず、複数の国で人口がデータ化以前よりも増えていたのだ。
当初、自らの祖国から逃れたい人々の避難場所に使われているのでは、と推測されたりもしたが、ゴフ島住人の大半はゴフ島出身であると主張した。当人達に人なのかAIなのかと問うても、人であると答えるばかりである。
他にも実在する人のデータのコピーなのではとか、出身地をゴフ島に書き換えた人々が多数いたのでは、などの意見もあったが、今のところ、人のデータのコピーや出身地を書き換えるのは、不可能とされている。
ゴフ島の住民の中には、SNSで絡まれるのを嫌い、他の国へ移住する人々も少なくなかった。不思議なことに移住者が増えても、ゴフ島の人口数は減少するどころか増え続け、現在の人口は四億を超えている。嘘か誠か、ゴフ島はAIデータ生産地として有名になった。
人間のAIデータというものがあるのなら、ゴフ島のみならず、その辺の身近な所でも増殖を続けているのかもしれないし、知らずに接触もしたことがあるのかもしれない。しかし肉体を持っていたことがなく、猫を直に、皮膚を介して触る感触、感じる体温を知らない人だと考えると、もう少し事が明らかになるまではと、飼い猫には、ゴフ島というワードが経歴に載せられている人とは接触できないように設定してある。
ゴフ島出身者と交流できるSNSもあり、見物したことも会話をしたこともあるが、ごく普通の人々のように感じた。
今日の一番上のニュースはデータ化裁判の件だ。
結局ファーストは誰?
データ化一号裁判 上訴棄却、国際データ裁判所
データ化はどこから誰から始まったのかという裁判なのだが、世界各国どこでも決着が付かないテーマだ。決着が着いたように見えても大抵、後にひっくり返される。そもそも誰がデータ化をしているのか。これも答えがわからないままのテーマである。
私は答えにはさほど興味は持てない。データの一号だったらさぞや寂しかったろうなと思うくらいだ。
驚くべきあの日を思い出す。寝て目を覚ましたら身体が無くなっていた。視界にある点灯や点滅ランプを頼りにチュートリアルをこなすと、よく分からないが何やかやとあり、千不可思議年のうちに、何故か人間のデータ化が進んでおり、順番が回ってきたようだったと分かった。とりあえず取り掛かった家づくり庭づくりに夢中になった。
世界中でデータ化はランダムに進められているようで、飼い猫にコンタクトされて再会がかなったときには死ぬほど嬉しかった。夫は猫を探していて私のデータ化に気づいたようだ。ともあれ私にとってデータ化は、肉体があった時の、将来の不安にまとわりつかれていたのよりは、大分楽チンなのである。
二号さんから再びコンタクトされる。すぐにメールが届く。夫の携帯デバイスの暗証番号を破って、三号さんが判明したとの報告だった。私が差し出した情報とは別の女性らしい。その女性のプロフィールへのリンクが貼ってあった。現在三号さんに連絡を取っているから、上手くいったら三人で会いましょうとある。
浮気だろうと本気だろうと何とかできるのは
はじめた二人
以前SNSに投稿した、詩のようなつぶやきのような、私は断然詩のつもりの一節だ。イイネは三つしかされなかった。そのうちの一つは私だ。世間の人はそうは思わないのだろうか。
夫からメールが届く。健康診断の案内は見たかとある。
「君、最近忘れっぽいし、変な庭作るしさ」
これではまるで私にバグがあるかのようではないか。失礼な。次に会ったら、長い海岸線のパネルでもねだってやろう。
裸足で砂浜に立つ。波が引くと素足の外側の砂が持っていかれ、懐かしい感触に思わず微笑んでしまう。今日は庭に海岸線の体験デモを走らせている。私好みの遠浅の砂浜だ。よく行っていた千葉のビーチに似ている。振り返ると、初めての砂浜におっかなびっくりな飼い猫と、それを面白がる夫が居る。
南国の白いサンゴ礁のビーチと迷っていたら、夫は「両方入れたらいいじゃん」と言った。
夫は最近よく二号さんと三号さんの修羅場から避難してくる。どちらかというと猫に会いに来ているようだけれど。
海岸線の積乱雲を背景に雪を降らせてみた。ちぐはぐな景色に妙な満足感を覚えてしまう。
次の日、体験時間の残りある海岸に、鳥居を設置してみた。プラトニックラブの相手との、思い出のアイテムだ。やけにサイズが大き過ぎるものだった。これから上陸せんばかりの闖入者じみていて、色も鮮やかすぎる真っ赤だし、なんだか可笑しくて笑ってしまった。
また雪を降らせてみる。鳥居に積もるまでぼんやりと眺めていた。
鳥居はいつでもいいやと消去した。
コンタクトの申請があった。こんな私でも、たまにはいつもと違うことがある。懐かしい名前がそこにはあった。