昔の恋がくれたもの/オリオン座とBeatlesと。
今年も、オリオン座が見える季節になった。
かの文豪、川端康成が、花の名前を教えろと言ったように、僕は昔付き合っていた彼に、夜空に浮かぶオリオン座を教えたことがある。冬の空に3つ並んだ星を見たときに、僕のことを考えてくれたらと思ったからだ。
当時僕らは大学生だった。彼は居酒屋でアルバイトをしていて、バイト終わりにタバコを吸いがてら、僕に電話をかけてくれた。冬になると、「オリオン座が見えるよ』と、自慢げに教えてくれたものだった。僕はちょっとこそばゆくも、声が聞けるのに会えないのが寂しかったことを思い出す。
***
今でもときどき、オリオン座を見ると、彼のことを思い出す。もうずいぶん前のことだけれど。少しズボラで、寝坊と遅刻しがちな人だった。The Beatlesが大好きで、ときおりぽつりぽつりとBeatlesの話をしながら、アコースティックギターを弾いていた。
「『Black bird』の初めの音は、ポールの足音なんやで」
僕は彼から、僕の知らない話を聞くのが好きだった。毛皮のマリーズを教えてくれたのも彼だった。京都からの帰り道、在来線の電車の中で、「愛のテーマ」のライブ映像を見せてくれた。衝撃だった、志磨さんの声は、一度聞いたら忘れられない、そんな声だった。そのあと、僕は、もう解散してしまった毛皮のマリーズの曲を聴きまくった。ドレスコーズのライブにもひとりで行くくらいファンになった。
彼と別れて、こんなにも街にBeatlesが溢れているのかと、彼らの偉業を少し恨んだことがある。先日も、シャンプーのCMを聞いてハッとした。志磨さんの声だ。僕をつくる一部に、少なからず彼からもらったものがあるのを感じてしまう。
***
僕らの人生は、もう交わることはないだろうけれど、あの日々は思い出の中にそっと置かれている。僕がBeatlesやドレスコーズを聴くと思い出すように、彼も冬の夜空を見て、時折思い出してくれているのだろうか。思い出さなくてもいい。でも、オリオン座の見つけ方だけは、覚えていて欲しい。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?