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しずかな主体性

山あいにある小さな中学校。
その中学校に、2年目を迎える若い先生が勤務されています。

先日、その先生の授業を見せていただく機会がありました。
中学3年生の数学の授業です。3年生の全生徒は、5名。この5名を指導する授業です。

参観の前に、校長先生から次のようなお話を聞かせていただきました。

本校の3年生は、4月に実施された全国学力・学習状況調査では、数学の正答率の平均が、全国のものにはおよびませんでした。しかし、質問紙調査の中の「数学の学習が、好きか。」という質問に「好きだ」と回答する生徒の割合は、全国をはるかにこえるものでした。

このことは、私から言えば、とても素晴らしいことです。この逆の状況がいかに多いことか。
このお話を聞いて、この5名の子らを担当するこの若い先生の授業の参観の視点が定まりました。

その秘密をさぐる!

この記事では、この「秘密」に迫ります。

その授業は、「関数」を扱う単元の終盤の学習でした。3年生らしい学習単元です。「関数とは、いったい何であったか。」「身のまわりにある事象を、関数でとらえられないか。」などに取り組みます。

子らが取り組んだ課題は、次のようなものでした。

課題
1枚の紙を半分に切る。切ったものを重ねてまた半分に切る。そのようにしてどんどん切っていったとき、かさ高になったその紙の厚さが、スカイツリーの高さ634mをこえるのは、紙を何回切った時か。
紙の厚さは、0.01cm。

授業の参観やその先生との面談の中でわかってきた「秘密」が、次の3つです。

秘密➀ 子らそれぞれが、数学的に考えることの楽しさを知っている!

先ほどの課題について、子らは、ここまで学習してきたことを活かして、次のように表を作っていきます。

指導者は、その途中で次のような発問をします。

これは、関数と言えますか?

子らは考えます。
確かに表が作れていく。つまり、xが決まれば、yがひとつ決まる。このことを根拠に1人の生徒は、「関数である」とします。
しかし、ある生徒は、y=2xのような式がつくれないから、「関数とは言えないんじゃないか」と。この生徒は、すでに学習した一次関数や二次関数が「式」をつくれるものであるという学習経験を根拠にしているのです。
指導者のねらいは、ここにあります。「関数」というものの本質をどうとらえるか、ということを揺さぶっているのですね。
このように、指導者は、常に数学的に考えさせていくのです。

▲ 実は、この関数は、高等学校で学習することとなる「指数関数」です。


秘密➁ 何に気づき、どう考えようとしたのかを、わかってもらえているという居心地のよさ!

子らは、表をつくる中である規則性があることに気づいていきます。しかし、それがスカイツリーの高さ634メートルをこえるまで表をのばしていくことへの絶望感ももち始めます。指導者は、電卓なら使っていいよと指示します。
私は、課題を示した後に、「5名なんだから、このあとグループ活動を取り入れ、グループで考えさせるのだろう」と予想していました。その予想は、みごとに外れます。この若い先生は、あえてグループ活動をさせません。それよりも、一人ひとりが自分自身でしっかりと考えることの方を優先させます。その子が何にどこまで気づいていて、どこでつまづいているのかをていねいに把握し、一人ひとりに声をかけます。しかも、まわりの子らの思考や気づきの邪魔とならないような低い声を意識して。教室にしずかな数学的思考の時間が流れ出します。しずかなしずかな教室なのですが、「私が今どう考えようとしているか、どうわからないでいるか、を見てもらえている」という安心が子ら一人ひとりに生まれていることがわかります。子らにとってそれは居心地のよさになっていきます。だから、ねばり強くやってみよう、自分で考えようとすることができているのです。
他の学校での授業では、4人グループになって話し合わせる活動を見ることが多いですが、指導者は、その活動スタイルをとることによって、「自分でねばり強く考える時間」を失わせていないかを省みる必要があります。グループにさえすれば考えさせられている、という勘違いをしていないかということです。
指導者は、この後、コーディネート的な役割を担いながら5名の子らをつないでいきました。


秘密➂ 「この先生となら、やれる」という、指導者に寄せる信頼!

先ほどの課題のように、この若い先生は、子らが数学のおもしろさに気づけるような課題を厳選しています。スカイツリーの高さこえるのに要する回数を絶望感をもって予想していた子らは、たった24回でこえてしまうことにおどろきます。指導者のねらいどおりです。そのことに早々にたどり着けていた生徒は、指導者に「ドヤ顔」で熱いまなざしを向け続けています。「できた!」の顔があがっているのです。これもまた、指導者のねらいどおりです。
さらに、先ほどの課題の後、今度は、パーキングメーターに関する課題が出されます。先ほどの「できた!」の顔の生徒が、勢いづかないわけがありません。子ら5名の数学の力をよくとらえ、ふさわしい学習課題や活動を仕組める指導者。子らからの信頼こそが、この若い先生のここまでの取り組みの最大の成果といえるでしょう。

 ▲ 駐車時間と駐車料金にある「関数」


「数学の学習が、好き!」となる3つの秘密。
いかがでしたか。

この若い先生は、「超」少人数の教室の中にあって、子らの「主体性」を高める確かな実践をされてきたといえます。

数学の授業に限らず、私たち指導者が子らに身につけさせたい力は、自ら考え、ねばり強く学び続けていくことのできる力です。これこそが、「主体性」です。
山あいの小さな中学校の教室で、「しずかな主体性」を見ることができました。


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