サドルはうんこをせき止める。
今日のお昼ご飯はセブンイレブンで済ませた。
男らしい焼肉味のおにぎりとBIGポークフランク。考えうる最高に不健康な組み合わせ。食べてすぐに便意をもよおした。うんこがしたくなったのだ。
でも大丈夫。
さざなみだ。例えるなら北海道の東部にあるサロマ湖のような。あの静かな水面のような。これは耐えられる。わざわざクソをするためにセブンに戻る必要もなければコープさっぽろでトイレを借りる必要もない。そういうサロマな便意だった。
次の企業との打ち合わせに向かう必要がある。訪問先企業の近くまで着いたら周辺のコンビニにでもよればいい。ちょろすぎてあくびがでる。
ちなみに移動はチャリだ。チャリは私の移動時間を短縮してくれる。つまり人生の時間を増やしてくれる。あれは最高の折りたたみチャリだ。色は黒。最高にイケてる。
あと今日は天気がよかった。夏はもう終わるのに、まるで今日から夏が始まるよと言わんばかりの嘘みたいな天井が札幌を覆っている。なんて天気がいいんだ。こうも天気がいいとほんとに気分もいい。最高。アゲてこ！
便意が襲ってきた。
落雷のような便意だった。
さっきまでサロマな便意だったのに、いきなりお腹に雷鳴。北斎の富嶽三十六景、神奈川沖浪裏の背景に雷がいくつも突き刺さっているような、そういうどうしようもない便意だった。これは物の例えで言っているのではない。マジで雷鳴うんこ。北斎うんこ。私のオシャレな大腸に神奈川沖浪裏が描かれている。
「……これ、万事休すじゃね？」
私はひとりでつぶやいた。こりゃどうやら脱糞も視野に入れねばならん。いや、視野に入れるというか、心に決める、そう、要するにうんこを漏らす覚悟をせよ、という感じの絶体絶命の状態。「獣の巨人」が現れたときの状況に限りなく似ている。「あれ？ これはもう助からなくね？」と思ってしかるべきな。
ところが。
通常ならばいつ脱糞してもおかしくないはずの北斎風を吹かした激烈な便意なのに、どういうわけか一向に漏れてこない。
それはもちろん、私の肛門括約筋、つまり私の両の尻の肉が、まるで北斗の拳に登場する「カサンドラの衛士・ライガとフウガ」のように間一髪のところで踏ん張って耐えてくれているからなのだけど、もうひとつ理由がある。
私の最高のチャリのサドルがうんこをせき止めてくれているのである。
感動した。
サドルが（命をかけて）私の肛門にフタをしてくれているのだ。肛門括約筋のライガとフウガが「イトー殿！ もう！ とうに！ 限界！」と言っているところにサドルくんが「助太刀するでサドル！」と言ってくれているような。
サドル……ありがとう。思わず涙が出るような。
でもちょっと試したくもなる。え？ ここで肛門の「締め」をゆるめると？ どうなるんだろう？
試しにちょっと括約筋をゆるめてみた。
漏れてこない。
すごい。感動だ。これは完全にフタだ。無敵将軍になったような心持ちである。
問題はチャリを降りてからだ。サドルが、フタがなくなるのである。考えてもみてほしい。
たとえば、いまは懐かし牛乳瓶が目の前にあったとする。あれを逆さまにしてみる。牛乳は重力にしたがってボタボタと落ちるかな？ と思うと落ちてこない。なぜなら「フタ」があるからだ。牛乳瓶はたとえ逆さまになったとしてもフタがあるから牛乳は漏れない。
もちろんフタがない場合、逆さまの牛乳瓶からは勢いよく牛乳が漏れ出る。漏れ出るというか流れ出る。
いわんや肛門をやである。肛門は下を向いている。うんこをするためにはチャリから降りなければならない。フタの役割をしているサドルから降りなければならない。
さて、便意は激烈。便意は北斎。便意は落雷。イケるか？ 括約筋をギリギリのところで保っているライガとフウガは？ もう限界。どう考えてもムリ。
そして思い出すのである。
スラムダンクの三井寿の言葉を。
「思い出せ、こういう展開でこそオレは燃える奴だったはずだ……！」
切腹するときの気持ちだった。武市半平太ってすげーなと思った。坂本龍馬の盟友、武市半平太は切腹の際に三文字切りという見事な切腹をした。その名の通り腹を3回かっさばくというやつだ。
あるいは織田信長。本能寺で、もはやこれまでと悟り「人間五十年〜」と敦盛を舞ったとか舞ってないとか。
そういう覚悟。男の覚悟である。
そう、どう考えてもムリだったのである。
「かくなるうえは……」
ローソンが見えてきた。
私はチャリを降りた。
カウントが合っていれば人生で通算6回目。
それはみごとな脱糞である。
〈あとがき〉
ムリでした。
今日も最後までありがとございました。
【関連】今日の記事でうんこ3部作が完成