闇バイトの帝王vs純粋なヤツ。
ゾフィーはある闇バイト集団の幹部である。それもプロ中のプロ。彼はリスクの高い強盗や直接金を奪うような手口は一切やらない。闇バイトにもいくつか派閥があり、ゾフィーは比較穏健派である。
自分の手は一切汚さず、ターゲットを操ることで犯罪を成立させる。
彼が得意とするのはオレオレ詐欺などの高度な指揮である。もちろん末端メンバーの個人情報や家族情報を先に入手し、彼らを脅しながら詐欺行為をさせる。
ゾフィーの主な手口はこうだ。
詐欺グループのメンバーに指示を出し、ターゲットとなる高齢者に電話をかけさせる。電話の内容は「私は警察です。あなたのキャッシュカードが不正利用されています。カードの安全を調査・確保するため、これから担当の警察官が取りに伺います」というもの。
そして、信じ込んだ高齢者の家を訪ね、暗証番号を聞き出しキャッシュカードをすり替え盗み取る。
「受け子」と呼ばれる役割を担うのが、実際に高齢者宅を訪れ、キャッシュカードを受け取るメンバーである。この役割を担う人間はゾフィーにとって、もっとも重要なのだが、それでいてただの使い捨ての存在だった。
この使い捨ての駒を次から次へと補充する必要がある。
今回ゾフィーが目をつけたのは、求人サイトに「高収入・カンタンな仕事! ホワイト案件!」といういかにも怪しげな求人に応募してきた男、その名も純粋くんだった。登録された純粋くんの履歴書をめくる。
「低脳の猿め。こんな奴を操るのは本来、俺の仕事ではないのだがね。まあいい。この程度の人間なら造作もないだろう」
ゾフィーは確信していた。
だがこの確信が彼の詐欺人生を大きく狂わせることになる。
これまで数々の人間を闇に陥れてきたゾフィーをすら、純粋くんの純粋さが凌駕するのである。
第一幕:純粋くんとの接触
電話をかけると、明るすぎる声が返ってきた。
純粋くん「あ、もしも〜し! 応募した純粋です! お電話ありがとうございます! 先ほどまでテレグラムでやり取りさせてもらってたゾフィーさんですね!」
ゾフィー「うん、そうだね。こちらこそ、応募ありがとう。今回は簡単な仕事をお願いする。高齢者宅を訪れて……」
純粋くん「あ、ゾフィーさん! そういう話もいいんですけど、今週末、カラオケ行きませんか?」
ゾフィー「……は?」
純粋くん「最近、ストレスがたまってて! 僕、猫飼ってて、名前はネコ太郎っていうんですけど、病気で病院代がかかるし、あと引っ越し費用も足りないし! 歌って発散したいんですよ~!」
ゾフィー「いや、今は仕事の話をしている……」
純粋くん「でも、ゾフィーさんみたいに優しい人とカラオケ行ったら楽しいだろうなって思って! ゾフィーさんって優しいんですよね?」
ゾフィー(……なんなんだこいつ?……)
ゾフィーは「まずは相手を懐柔するのが大事」と考え、渋々カラオケの誘いに乗ることにした。
第二幕:BE MY BABY
カラオケの個室に入った瞬間から、純粋くんは元気全開だった。
純粋くん「ゾフィーさん! 最初は僕『残酷な天使のテーゼ』歌いますね! これで緊張をほぐしましょう!」
ゾフィー「……いや、俺は緊張してない」
純粋くん「そしたら次はデュエットしましょう! 僕がAメロ歌うんで、ゾフィーさんBメロお願いします!」
ゾフィー「……なぜ俺が……?」
仕方なく歌い始めたゾフィー。詐欺師としての威厳はどこへやら、純粋くんの無邪気なリクエストに次々と応えてしまう。
純粋くん「ゾフィーさん、声いいですね! 玉置浩二にもそっくりだし、え? ラルクもいけるんですか!? さすがカラオケ慣れてますね! やっぱりカリスマ性ある人は違うなぁ〜!」
ゾフィー「……ありがとう」
純粋くん「次は吉川晃司入れるんで! BE MY BABY入れちゃいます!」
ゾフィー「……(結構激しめだな)」
ーBE MY BABYのイントロが流れ始めるー
BE MY BABY♫
BE MY BABY♫
BE MY BABY♫
BE MY BABY♫
BE MY BABY♫
デッテーン デュワデュワデュワデュワ♫
純粋くん「ゾフィーさん! 僕、後ろで布袋の役やっとくんで! 思う存分いっちゃってください!」
ゾフィー「……(よし)」
ゾフィーはこれで純粋くんを懐柔できたと思い、本題に戻ろうとした。
ゾフィー「さて、では本題だ。明日、高齢者宅を訪れて……」
純粋くん「あ、そうだ! 次の休みに映画見に行きません?」
ゾフィー「……映画?」
第三幕:ニューシネマパラダイス
翌日、ゾフィーは「今日こそ純粋くんに仕事をさせる」と再び電話をかけた。しかし、純粋くんの天然パワーに再び翻弄される。
純粋くん「あ、ゾフィーさん! 映画見に行きませんか? いま午前10時の映画祭で『ニューシネマパラダイス』やってるんです!」
ゾフィー「いや、映画とかではなく、仕事の話を……」
純粋くん「でも、ゾフィーさん、感動する映画見たら元気出ますよ! 僕、そういうポジティブな人と働きたいんです!」
ゾフィー(……こいつ、俺をナメてるのか?)
純粋くん「とにかく! ニューシネマパラダイスみましょう!」
映画のクライマックス、ゾフィーは映画館で泣きそうになっている自分に気づいた。
第四幕:たこ焼きパーティー
ゾフィーが「最後のチャンス」と本題に入ろうとした矢先、純粋くんはまたもや別の誘いを持ちかける。
純粋くん「ゾフィーさん、この流れで今夜たこ焼きパーティーしません?」
ゾフィー「……たこ焼き?」
純粋くん「友だちとやる予定なんですけど、ゾフィーさんも来ませんか? 絶対楽しいですよ!」
ゾフィー「いや、俺は……」
純粋くん「ゾフィーさんって社交性あるから、友だちもきっと喜びますよ! 一緒に人間関係広げましょう! ゾフィーさんの仕事、僕の友だちにも教えてくださいよ!」
ゾフィー(……俺は詐欺師だぞ。人間関係なぞ広げる必要がどこにある?)
その夜、ゾフィーは純粋くんの友人たちに「親切なゾフィーさん」として紹介され、なぜか好評を得る。
純粋くんの純粋な友人たちは「ゾフィーさんってなんか佇まいが素敵っすよね〜」とか「初対面でうちの純粋とBE MY BABYでめちゃチルったって聞きました〜」と褒めちぎり、純粋くんはその後ろでせわしなくタコの足を切っていた。
クライマックス:ゾフィーの終焉
純粋くんはその後、SNSに投稿。
純粋くんのX
「#ゾフィーさん #大人になってからできた友だち カラオケ、映画、たこ焼き、飲み会、ゾフィーさんはどれも付き合ってくれました! こんな人とこれから一緒に働くことができるので僕は幸せです! #ホワイト案件 #ネコ太郎の入院費 」
ゾフィーの顔写真付き投稿が拡散され、警察関係者が「あれ? こいつゾフィーじゃないか?」と捜査をスタートする。
エピローグ:友情だけが残る
全てを知らない純粋くんは、新しい遊びの予定を立てていた。
純粋くん「ゾフィーさん、次はボウリングとかどうですか? あと、ネコ太郎の病院も一緒に行きま」
ゾフィー「それ終わったらカラオケも行こうな!」
ーカラオケにてー
純粋くん・ゾフィー「BE MY BABY〜♫」
【関連】エピソードを読み物として楽しみたいなら