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ゴールデンレトリーバーのいる街。
しつこいようだが先日引っ越した。同じ札幌市内で引っ越した。前の家と今の家は距離的に1.5kmくらいしか離れていない。1.5km。すぐ近くだ。なのに全然ちがう。街の雰囲気がずいぶんとちがう。
きのう、妻に「ちょっと散策でもいきますか」と言った。それはいいね、ということで引っ越してから初めて外に出たわけである。
簡単な前提知識を2つ書いておく必要がある。
私と妻は田舎の出身である。それぞれ町は異なるが肥溜めのような田舎の出身である。姥捨山のような田舎である。出生地ガチャでは限りなくハズレ。だから私も妻も一生懸命に背伸びをしてこの街で暮らしている。一生懸命背伸びをして札幌市内どまりだというところに哀愁を感じる。
もうひとつの前提知識。
先月まで住んでいた自宅はあまりに街中すぎた。背伸びをしているわけだからこその都心チョイスである。札幌の繁華街。哀愁がただよう。
当然、街中ならではの弊害があった。生活しづらいのだ。都心すぎると外国人観光客はうるさいし、救急車やパトカーのサイレンも時間を問わず鳴る。飲酒帰りのアホたちが夜中に騒ぐ声も聴こえる。
外に出ればわけのわからんカップルが私の家の近くのカフェで写真を撮り、すぐ近くのラーメン店にはウソみたいな行列、たまにチワワや子どもを連れて歩く人を見かけることもあったが、あんなところで暮らしてちゃ息がつまる。
さて、それできのう外に出て、小一時間買い物ついでに散歩をした。
家から外に出て、数秒歩き、妻と驚いたのである。
なんて静かなんだ。
「静かだな」「静かね」と話しながら歩く。
前までの家と比べると、なんだかこの街の静かさは、地球が終わったかのような静かさである。いや、人はちらほら歩いているし、お店もたくさんあるんだけども、しかし、嫌というほどいた観光客が1人もいない。こうも変わるものか。
それからも妻と歩く。フレンチレストランを見つけた。
「見て旦那、いかにもなフレンチ料理屋があるよ」
「うわ、ほんとだ。金持ちが行くんだろうか」
「きっとそうね」
しげしげと店を見つめながら歩く。また数十メートル歩くとつぎはお寿司屋さんを見つけた。おそらく回らないであろうお寿司屋さんだ。
「うわ、見て旦那。お寿司屋さんがあるよ。しかもほら、回らないタイプの店だよ」
「クソ、ほんとだ。こんなところに行くのはいったいどんな医者か弁護士なんだろうか」
「きっと、いけすかないだろうね」
そんなことを話しながら信号待ちをしていると、向こいにある、またまたいかにもな黒光りクソマンションのエントラスから、やけにデカい犬を連れた女性が出てきた。
レトリーバーシリーズの犬っころだ。毛がふさふさしている。
つまりゴールデンレトリーバーが出てきたのである。ツンと胸をはって歩いている。心なしか飼い主の女性も誇らしげである。
「だ、旦那みて。ゴールデンレトリーバーが出てきたよ」
「マ、マジだな。ありゃゴールデンレトリーバーだ」
「あんな大きくてかわいい犬、ひさしぶりに見た気がするわ」
「ああ、間違いないな。俺もひさしぶりに見たよゴールデンレトリーバー。せいぜいチワワが関の山だからな」
「ここはゴールデンレトリーバーがいるのね」
「恐ろしい街やでほんま」
そんなことを話しながら歩いた。私も妻もおそらくまだまだこの街に慣れることはない。
肥溜めのような田舎の出身だからだ。
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〈あとがき〉
早くもダンボールはすべて片付き、自宅の間取りも確定しました。それに必要な家具、インテリアをどうするかを吟味している最中です。むかしは田舎だったので、ゴールデンレトリーバーやらセントバーナードやらはたくさんいたのですが、都心では見かけることはありませんでした。うちはペット不可です。今日も最後までありがとうございました。
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