ラダック⑩ ラマユル編 -vol.3-
ラマユル3日目。
昨日の夕食時にお父さんから、『ワンラはいいぞぉ~』『片道3時間だぞぉ~』と言われるもので、すっかりその気になり、3時に起きたというのに、結局朝のお行に行きそびれたわたしは、それを挽回する如く行く気満々だった。
オーストリア人2人は、『行けたら行こうかな...』みたいな感じだったので、先に出ることに。
と言いつつも、トレッキングなんてそんなに真面目にやったこともなくて...おまけに方向音痴だし。でも、すごくすごくシンプルな地図をお父さんに書いてもらったことだし、大丈夫~!と根拠のない自信を持ってしまう。
自動車の通っている通りから、川沿いの道の方に入っていくんだけど、最初のところが分かり辛いということで、牛の散歩だてらお父さんも一緒にそこまで来てくれた。
川に沿って歩く道は、とても気持ちよい。山の方に入っていくと、いきなり何もなくなって寂しい感じになる。こっちだよねぇ..とお父さんの地図を広げようとしたら、なんと地図をなくしてしまったらしい。
超シンプルな地図だったので、頭には入っていたけど...。この先に分かれ道があって、それを左進むようになっていた。
分かれ道もなにも、道っていうか、、、ただのだだっ広い山みたいなのが続くだけなので、道らしき道はないんだけどな..と思っていると、こんもり石が積んであるところがある。そこは、一つ目の峠という意味だった。そこから左だということが人の足跡からも推測できた。しかし、その左に進む道っていうのは、断崖絶壁の人ひとりやっと通れる道で、左側の下を見たらば、失神してしまいそうな川底....。
これは、無理だわと、道の上が丘になっていたので上に登って違うルートがないか探してみる。
しかし、どこに行っても川底に行き当たり、その道しかルートはなさそうだった。
途中まで行ってみるけど、やっぱり無理だ...と引き返すこと2回。
仕方ないので、公道に出てヒッチハイクで行ってみるか...と思いながら来た道を戻っていたら、オーストリア人の2人がひと休みしているところだった。
やっぱり来たんだ...と救世主を見つけたわたしは、話しかけた。
彼らの話だと、このトレッキングコースは1日だとちょっときついとのこと。ヨーロッパの人たちってあちこちトレッキングしているので、常に地図で高低差を見ながら時間などを考える習慣がある。
登山などで慣れている人もそうだとは思うんだけど、わたしは何と言ってもドシロウトなので、片道3時間という言葉しか分かっていない。ここで、はじめて素人が興味本位で軽々しくトレッキングなんて行っては行けないんだと思った。
しかし、もう出てきてしまったので、やっぱり行きたかった。
わたしは、彼らに断崖絶壁の道のことを説明して、彼らも行ってみて難しそうだったらやめようってことになった。彼らはやはりアルプスに近い国の方々だからか、そんなに抵抗なくスイスイと歩けそう。
でも、わたしに気を使って『大丈夫?』と聞いてくれた。彼らと一緒だとなんとか進めそうだったので、わたしも勇気を出してその道を歩いてみた。左下を見たら、失神するから絶対見ないようにして。
35歳のよく分からない女にオーストリア人の大学生もよく付き合ってくれたものです。
この2人がいなかったら、わたしはこのトレッキングは絶対にできなかった...。
断崖絶壁が終わると、気持ちのよい川沿いの道に出る。そして、峠まで登る。この登りが結構しんどくて...。景色はきれいなんだけど、とにかく道が狭くてその下がヒェー~~って感じのところが多くて、高所恐怖症のわたしには、厳しい修行でございました。
オーストリア君たちがとにかく気を使ってくれて、よく休憩を入れてくれたので、助かりました。細かく気を使えるのはギャラードで、感覚派で決断力があるのはギャノット。この2人は欧米人にしては、静かで歳の割にはものすごくオトナなんで、欧米人に気後れしがちなわたしでも、楽しく一緒に時間を過ごすことができた。
峠に到着。
ギャノットが、地図を見せてくれながら『ワンラまで行くならあとこれだけ歩くよ~』と説明してくれて、『帰りはどうするの?』っていう質問をしてきた。わたしはワンラに行く気満々だったけど、彼らはここから引き返してもいいと思っているようで、もしワンラに行くなら1泊は必要かもしれないと言っていた。わたしは、何と言っても片道3時間のつもりで来たので、めちゃめちゃハイキング気分で、何の泊まりの用意もしていない。でも、ここまで来てワンラに行かないのもなぁ...というのと、今来た道を引き返すことは怖すぎてできない!と思い、『帰りは公道でヒッチしようかなぁ...』と仕方なく答えると、『車通ってんのかな?』と言って、ちょうど同じタイミングでワンラに行こうとしていた2人の欧米人のガイドに聞いてくれた。彼曰く『あんまり車は通らないよ』とのこと。微妙な空気だったけど、『よし、じゃ僕たちも一緒にヒッチするよ』って言ってくれた! よかった~~~~
本当に命の恩人です! 思わず『Let's go WANLA together~~~~』と叫んだ。
峠のあとは、おそろしい谷に降りる。その高低差っていうかこれって『転がった方が早くない?!』っていう角度。
ギャノットが、真面目に『転がっていく?』って返してくるもんで...( ̄▽+ ̄*)
こういうのは、まっすぐ降りずにジグザグに降りていくのね。先生たちにしっかり付いていきました!
この子らはとにかく石が好きで(?)しょっちゅう石を拾っては、石談議をはじめるので道草たくさん!こりゃ時間もかかるわよ~! あるときは、全く同じタイミングで2人が石を拾った時があって、もうひとりで笑ってしまいました。どんなに時間がかかっても、わたしは彼らに付いていくしか生きる道は残っていない...。
「これ、見てよ!きれいな青色だよ!」って見せられても、『そう...ね』って感じで、そんなにビックリするほどきれいでもないしさ...。オーストリアには色のついた石が少ないのかしらね。
彼らは、休憩のときには日本の食べ物や交通機関とか、物価や着るものから政治の話まで興味津々で、お互いに双方の物価には結構いろんな例を用いて聞いたものだった。おしなべて、だいたい日本とオーストリアは同じ位だと分かった。あとは、東日本大震災のこと、原子力のこと、世界のエネルギー問題まで、彼らはとてもよく勉強もしているし、自分たちの国の問題点や世界の動向まで、よく考えている。日本の社会のシステムにはよく興味を示していた。
わたしはいろんなことが答えられず、恥ずかしかった...。まず、英語が出て来ない。わたしの英語力では国の政治の話はできない! この2人は若いのにしっかり意見が持てていた。オーストリアの将来は安泰だ...。オーストリアって第二次世界大戦のときに、ドイツに占拠されていたから、ドイツ語が公用語みたいなんだけど、いわゆるドイツ人が使うものではなく、ちょっとオーストリア訛りみたいなのが含まれているようだ。彼らが話す会話の端々にドイツに対する嫌悪感が感じられる。でも、東ヨーロッパのちょっと陰のあるような感じがわたしは、実は大好きで。
この旅でオーストリアの人と交流できたことはとても嬉しかった。
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