【ダウン症】ならし保育があって良かった転園体験談
ダウン症のりーちゃんは、4月から新しい保育園に通うことになりました。
1歳から保育園に通っていましたが、小規模保育事業の保育園だったので、3歳までしか通えず4月から転園となりました。
保育園探しなどの様子はこちら
○ならし保育はじまる
保育園の生活が始まるにあたり、9日まではならし保育をしてほしいと言われました。
という感じのスケジュールです。
幼稚園の年少では、ならし保育なんてないけど、保育園は手厚いですね。
「りーちゃんに、この場所が楽しい場所なんだと認識してもらって、3年間の保育園生活を良い形でスタートできるようご協力ください」ということで、お願いされました。
すでに小規模ですが保育園に通っていたので、「ならし保育なんていらないと思うけどなぁ」、「愛嬌振りまきまくりだから余裕でしょ」、「放おっておいても一人で黙々と遊ぶとおもうなぁ」と気楽に構えてました。
が、後に甘い見通しであったことを痛感させられることになります。
○ならし保育をお願いされたのはゼロ歳児クラスだから
当日、時間通りに行ってみると、なんと、他の園児と保護者の方が教室に輪になって集まっている!?
ギリギリに行った私達を待っている状況でした。
急ぎその輪に加わります。
先生「では揃いましたので、入園説明会を初めます!!」
入園説明会!?
単に一緒に行って、保育園に慣れるよう遊ばせているだけかと思ったら、今日は説明会だったようです。
聞いてないよ〜〜〜
って、心の中で叫びました。
しかも、他の園児は、仰向け、ズリバイ、なんなら抱っこされている乳児、、、という感じでした。
どうやら、0歳時クラスとなったようです。
0歳時クラスだったらならし保育があるのも不思議ではないですよね。納得です。実際、4歳時クラスに入れられたら、付いていけなかったでしょうから、下の年齢のクラスに振り分けてもらえるのは大歓迎です。
※様子を見て可能であれば上のクラスに上げるみたい。
ただ、周りは玩具を持っても舐めるくらいで動きの少ない中、我が子は座ったり、なんなら歩こうとしたり、人形もぶん投げそうになったり、他の子にぶつからないかヒヤヒヤしました。
4/1(月)〜4/3(水)は一緒に行って、一緒に遊んで、一緒に帰るという感じで、りーちゃんもご機嫌で終わりました。
お気に入りの玩具もできたようで、楽しく遊んでいます。父のいない保育園にも慣れるよう、一緒に遊びつつ近くにいながらも少しずつ保育士さんに任せるような感じにフェードアウトしてみたり、あまり関わり過ぎないようにしてみたりしました。それでも、ふとした時にりーちゃんはこちらを振り返って「ほら見て!遊んでるよ!」的な感じでコミュニケーションをとろうとしてきました。
○泣いて食事もとれず、、、、
4/4(木)の4日目は、朝預けたら親は一旦帰宅して、昼食前に迎えに行きつつ昼食を食べさせて帰ります。
朝は、さっと預けて来れた。泣かなかった。
でも迎えに行くと不安そうな顔をして、先生にギュッと抱きついていた。
終始泣いていたらしい。朝、別れ際に泣かなかったのは、大丈夫だったわけではなくて、まさか一人取り残されると思っていなかったからだったみたい。
迎えに来た父を見つけて、いつも通りのご機嫌な表情になり、初めての昼食もぺろりと食べることができました。
4/5(金)の5日目は、前日から更に一歩進んで、昼食を食べ終わる時間を見計らって迎えに行きます。
朝、預けると別れ際に泣き始めました。
昼食後に迎えに行くと、泣いて昼食を食べられなかったということで、遅めの昼食を私が食べさせて帰ってきました。
大好きなカレーライスだったのに、それを食べられないほど泣いていたのか。。。
土日をはさんで6日目はリフッシュしてルンルンで保育園に行けるように、、、なんてことはなく、相変わらずご飯を食べられないくらい泣いて、泣きつかれて眠ったと保育園から連絡が入った。。。
全然、新しい保育園に慣れない。。。
全くの想定外でした。
このままじゃまともに働けない。りーちゃんのメンタルも崩壊してしまう。。。と焦ります。
○りーちゃん攻略法を作成し伝授
普段、家にいるときは、りーちゃんのグズるパターンがはっきりしています。また、それを解決する方法もはっきりしています。
それを紙にまとめて、保育園に渡すことにしました。
4/9(火)の7日目の預け担当は妻だったので、妻に保育園に渡すようお願いをしました。歌のリストを見て、渡すことを一瞬渋られましたw
結果、朝、預けるときはギャン泣きするものの、麦茶を飲んだり大好きな歌を歌ったりするとすっかりと機嫌がよくなり、それからは終始ご機嫌で過ごすことができたようです。
家で感想を聞いてみると
私「保育園楽しかった?」
娘「うん!」
私「もっといたかったの?」
娘「うん!」
という感じで、とても楽しかったみたい。
これ以降、朝、預けるときは相変わらず泣くことが多いものの、先生方がりーちゃんの大好きな歌を歌ってくれるようになって、夕方16:30までご機嫌でいられるようになりました。
ずっと一緒にいて当たり前になっていたけど、関わりがない人にとってダウン症は未知のもの。スムーズなコミュニケーションのためには、関わる相手の方にに積極的な情報発信の大切さを再認識しました。
○いつの間にかとっても成長していた
ならし保育の期間中は、午前中仕事を休んで対応していました。忙しい時期だったので、その分残業で対応もしましたが、それでも時間が足りずに仕事が少し滞り、また、りーちゃんもなかなか保育園に馴染めないこともあって、心身ともに苦しい状況でした。
それでも、ならし保育があってよかったです。
慣れない環境で泣きわめきながら夕方まで預けていたら、りーちゃんの精神が崩壊して、保育園に通えなくなっていたかもしれません。
そして、こんなにグズることは想定外で困惑もしましたが、同時にりーちゃんの成長を感じました。
ちゃんと人を見分けられるようになり、環境が変化したことを理解できたからこそ孤独を感じて泣いたんだろうし、そんな中でも頼れそうな先生にギュッと抱きついて何とか頑張ることもできるようになりました。
誰彼かまわず愛嬌を振りまいているわけではなっんだね。街を歩くと誰彼かまわず手を振ったり、変顔を振り向けたりしてるのにね。
これからの3年間の保育園生活でどんなに成長するのか楽しみになりました。