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丸山圭三郎著『言葉とは何か』

普段何気なく使っている言葉、考えてみればこれほど不思議なものもありません。言葉とは何なのでしょうか。コミュニケーションのための道具?それとも人間の社会を構成する文化そのもの?いったい誰が何のために作ったのか、どのようにして今の形になったのか、考え始めると、宇宙の謎にも似た恐怖と好奇心をかきたてられます。

言葉だけでできた嘘の他人の物語に心躍らせ、そこに「本当の自分」を見ることがある。一方で、同じ言葉をあつかい同じ現実を共有しているはずなのにどうしてもわかり合えなくて、ときに自分以外の人間がこの世界に存在しているのか疑わしくなることもある。人間が言葉を通してときにこのような正反対の体験をするのはなぜなのでしょう。

この本で丸山圭三郎さんは、言葉以前には何事も存在しないといいます。人間が言葉によって何かを認識し、それによってはじめてその概念も生まれるのだと。全ての言葉には、人の体験の数だけの異なった意味付けがあり、それはつまり、世界は現実に人の数だけあって、人の数だけの真実があるということです。

文章を「読める」「読めない」というのは、なにもただ機械的に内容を理解することをいうのではありません。それは相手が本当には何を言いたいのかをくみ取り、その背景を想像する能力でもあるわけです。言葉について学びその機能と限界を知ることは、僕たちが本当の意味でよりよい世界をコミュニケートしてくための第一歩なのかもしれません。




問題意識強めバージョン

市場の論理に支援されあらゆる空間がインターネットという「社会」にのみこまれてしまった現代、対話の可能性を閉ざす死んだ言葉たちが承認を偽造し、インスタントな役割を終えたそれはデータとして雲の上にただ蓄積されていく。意味を剥奪された言葉の雨が降りしきる世界で、僕たちは価値とか意味とか善く生きるとか、そんなことを求めれば必ず道に迷ってしまう。

生化学は人間という生物がアルゴリズムでしかないことを証明したし、現に常時接続が整備したターゲティング広告は人間の行動をかんたんに操作できる。もはや人間は本当の意味で言葉に規定され、他と一線を画す言葉を扱う動物ですらないのかもしれず、刺激と反応を繰りかえすだけの質の悪いAI以上のものでは最初からなかったのではないか、そんな諦めが社会を支配している。

しかし人が何かを意志し、思考しようとするなら、それは言葉によってでしかありえないのもまた事実だ。希望は絶望の中にしかないというのは僕が文学から受け取ってきた一つのテーマでもある。
丸山圭三郎さんは、言葉の本質、言葉を根底とする文化の構造、そして人間存在の意味を言葉の力を使って問い直した。個人の意識が稀に体験する天と地がひっくり返るあの神秘的ともいえるような認識の大転回、その発生現場では言葉によって言葉を再構築する可能性が示されている。
言葉の力を取り戻すことはまだできる。世界の変革は、この本を開くことから始まる。




この本の全体的な理解

まず絶対的な真理とか客観とか物自体というのは存在しない。世界は実際に人の数だけある。生の認知エネルギー、力への意志みたいなものがそれぞれのやり方でカオスを分節し、関係の網の目のようなものを作り上げる。言葉というのは事物の名称リストではない。まず何かが実在し、それに名前を当てはてはめていくものではなく、意味が発生すると同時に概念が生まれる。それはネガティブにしか規定できない。

ランガージュ、ラング、パロールというものがある。
面白いのは、ラング内でしかランガージュは発動しないこと。潜在的なランガージュが社会関係の中で顕在化したものがラング。オオカミに育てられた少女は言葉を使えるようにはならなかった。
言葉は必ず惰性化し、それは権力を生む。というよりラング自体が権力の構造そのものともいえる。人間は生きることの苦痛に何のために苦しむのか理由や意味をどうしても必要とする。それが絶対的な真理とか救いとかの存在を求める根本的な理由。

文化は人間が作るものだが、人間は文化によって規定される。この矛盾が面白いところ。言葉を使い始めた人間は一度それを外に出してしまうと物象化という形で神格化しだす。表面的な思考は言葉によって規定され、その枠を出ることはない。

しかし文学に代表される真の表現行為には、言葉の創造的活動が見出される。絵、音楽、その他一切の表現活動と、言葉をメディアとする芸術との違いは、デノテーション(外示的意味)を背負い続けるということ。これが武器にもなり重荷にもなる。コノテーション(共時的意味)をうまいこと使って言葉の意味や価値を再定義しなおし続ける。その永遠の円環運動を意志すできなければ、端的に、人類はいずれ破滅する。地球を人間の住めない場所にしてしまうか、最後の一人まで殺し合うことによって。





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