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理想の「組織の在り方」を考えてみた!

「従来の日本のいわゆる『体育会系』的な発想から、少し脱却しなければ、組織は結局、『繁栄』と『崩壊』を繰り返すだけである」

という結論を、冒頭に述べておこうと思います。

 どんな組織や団体、集団も「理想」・「理念」の段階では非常に良い提唱をしているものです。昨今、いささか問題を起こしていることが目立つ宗教団体に至っても、途中までは、非常に良いことを言っています。人の心が正しいと感じる方向へ、導く、あるいはその心を惹きつける魅力を持っています。

 但し、これを「絶対的」にしようとすることは、不可能です。別に哲学でも自然科学でもなく、例えば、「絶対的『権力』は、絶対的に『腐敗』する」ことは、多くの事例が証明しています。宗教も同様で、「営利目的」に走った途端、どこかで何かの(誰かの)歪(ひずみ)が生じ、そこから「崩壊」への歩みを進めるようです。(「不正」と書いて、「歪」なんですね……いや、改めて。)

 結局は「不満」という言葉がキーワードになると思いますが、それをうまく制御しようと試みたのが、いわゆる「体育会系」の世界であると考えています。組織論でいえば「トップダウン」型ですね。

 この議論、実は「行ったり来たり」します。この理論、実は「相当面倒くさい」です。「その時、絶対的に正解だと考えられて、突き進んでいったものは、臨界点まで成長を続け、それが絶対的であるが故に、同時にまた絶対的な矛盾が生じて、絶対的に崩壊の方向へ突き進む」と一息に書いてしまえば、それまでですが、必ず「???」という人が出てきます。そうですね。「不満は歪」となり、その組織をやがて崩壊へと導く訳ですから、「???」という人が一人でも残ってはダメなんですよ。

 例えば、「コンプライアンス」の問題。これは結局「組織的枠組」を少し広げて、「社会的枠組」へと大きくしたときに、「不満はないですか?」・「矛盾はないですか?」・「不正はないですか?」という問いかけを行っている行為に他なりません。「枠組」=「フレーム」、それを「移動」=「シフト」させること。これが「フレーム・シフト」という手法(技法)、テクニックです。組織的フレームの中ではOKでも、社会的フレームの中ではNGということですね。

 上記コンプライアンスの例も、「囚人のジレンマ」に代表される、「ゲーム理論」の一種とみなすことができます。これも一息に表現するならば、「ミクロ的な合理的行動が、マクロ的には非合理的な結果をもたらす」ということなのですが……。身近な例では、「節約」。個人にとっては「美徳」でも経済全体にとっては「害悪」ですよね。この「害悪」に相当する点が、いわゆる「ナッシュ均衡点」(映画『ビューティフルマインド』の主人公、ですよね?たしか?)と呼ばれるものです。反対に、個人の「不安」が全て「解消」され、個人消費が促進され、経済が好循環で成長を続けている状態を、この例における「パレート最適点」と表現することができます。

 このあたりの議論が発展してくると、「非対称情報下の市場経済」というジョセフ・スティグリッツ・コロンビア大学教授らの議論になってくる訳です。これを噛み砕いていくことで「日本経済失速の原因」が明らかになってきます。

 これらのかなり広いフレームを、ギュッと社内の枠組にクローズアップすれば、「共有すべき情報のリアルタイム開示」と同時に、他方で問題となっている「適切な開示範囲の設定と細やかなアクセス権限の設定」がいかに重要であるかが見えてきます。しかし、これも同様に「???」となっている人が一人でもいては、いずれ崩壊へと進む訳ですから、わかりやすい説明・解説を心がけるとともに、適宜、きめ細やかに軌道修正、方針転換、調整を行っていかなければなりません。
……ちょっと面倒くさくなってきたので、

結論:全世界から「フレーム」を取り除くことができれば、「世界平和」が実現する。

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