![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/128048430/rectangle_large_type_2_8852904706ef955dbb1c2f4f21762b0e.png?width=1200)
【ショートショート】咳をしてもパラディン
今朝から回復魔法の効き目が悪い。
きのう、喉に嫌な痛みを感じた。すぐに薬を調合して飲み、体を温かくして寝たが既に手遅れだった。咳は出るわ鼻は詰まってるわ熱っぽいわでとにかく体がだるい。認めよう、風邪だ。
町がもう近いのか、この辺の魔物はそれほど強くない。風邪っぴきでも1発殴ればたいていは倒せる。
それよりも厄介なのは、回復魔法の効き目が悪くなっていることだ。体感だが、消費魔力2割増、効果3割減といったところか。
「そんな歌みたいな感じなんですね」
昔一緒に飲んだ吟遊詩人が言っていた。まあ、彼女らは歌で生計を立てているわけだから一緒にしないでほしいとまでは思わないが、こちとらより直截に命に関わるので、やはり実際の危険度で言うとかなりの違いがある。
ひとりで冒険しているので、複数の魔物に囲まれるとどうしても何発かはもらってしまう。1発はそれほど痛くなくとも、蓄積するとまあまあのダメージになり、その度に自分で自分を回復しなければならない。小さな不調ではあるが、回数を重ねるごとに健康な時との差はどんどん大きくなる。
パラディンは戦士と僧侶の能力を併せ持つ上級ジョブである。腕っぷしが強くタフネスも優秀で、毒や呪いにも耐性があり、おまけに回復魔法も使える。動きが鈍重であること以外目立った弱点はなく、“勇者”に最も近い一般ジョブと言われる。
言われるのだが、今はちょっぴりピンチである。
魔力はほぼ枯渇、薬草残りわずか、エリクサー無し、体調悪し、そしてパーティひとり。
大丈夫だとは思うが、今痛いのをもらったら無傷の状態まで回復できない。そうなると、限りなく0に近かった死ぬ確率が一気に現実的な数字になる。
「パラディンさんさえよければ、うちのパーティに入りませんか?」
西の村で3人組のパーティと一緒に魔物を討伐した帰り、ありがたいことにパーティに誘ってもらえた。そこそこ動ける人たちだったし、ほどよい距離感を保ってくれたのでとてもやりやすかった。
4人パーティ、楽だろうなあ。
魔物が1体なら袋叩きにできるし、群れで来られても囲まれない。的を散らせるから傷つきにくく、魔力も薬草も節約できる。ひとりでは身を隠すしかないような大きな魔物とも正面切って戦える。
それでも、だ。
「ひとりが好きなんだよなあ」
インクの切れかけたペンのような声に思わず笑ってしまう。笑うとつられて咳も出てきた。喉からほんのり血の味がする。
気分次第で行き先を決めたり、明日を諦めて夜更かししたり、後先考えず欲しいものを買ったりするのはひとりじゃなきゃできない。
それはドラゴンの討伐や快適な冒険、そして命の安全よりも大事なことなのだ。
とはいえ、ここで野垂れ死ぬつもりはない。なぜなら俺はひとりでもパラディンだ。
左手に盾を、右手に鉄槌を構えて歩く。前方のゴブリンどもの向こうに城門が見えた。
パラディンはひとつふたつ咳き込むと、鉄槌を振り回しながらゴブリンに襲いかかった。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/128048439/picture_pc_d034183863498390ff1c3525161a17ce.png?width=1200)