き◯ら系を目指した何か、「にしなり!」1話
―――私は元彼を殺してしまった。
その日、バイトで深夜に帰宅した私、☓☓はへとへとになりながら帰宅すると一人の男がいた。
そいつは一昨日別れたばかりの彼氏だった。顔も悪く、DV気質でカス彼氏要素をコンプリートしたようなクズを体現したような男だったのでLINEでただ一言『別れよう』と送って全ての連絡先をブロックと削除して明日には引っ越しを検討していた矢先に酔っ払った元彼は私を見つけるとニヤニヤしながら包丁を向けてきた。
「なぁ☓☓、どうして俺のこと捨てようとするんだ?俺はこんなにもお前が大好きなのにさぁ」
「何でもかんでもそうやって暴力とかで脅せば言うこと聞いてもらえるというとこがだいっきらいなの!男友達どころかバイト先の男の人ですら連絡取るなって何様なの!?この変態サイコ野郎!」
恐怖で怯えているはずなのに私の口からはすらすらと元彼への不満が噴出した。
それを聞き終えた彼はただでさえ酒で赤い顔が真紅になったように見えた。
「そっかぁ、じゃあ一緒に死のうよ」
元彼は包丁を私の胸に突き刺そうとしたが酔っ払っているせいでよろけて転んだ。
「いや!あんた一人で死になさいよ!」
「俺、あの世でお前を幸せにしてやるからさ。な?俺も後追うから死ねよぉぉぉ!!!!」
相変わらずフラフラな元彼はまたしても倒れ、包丁を落としたのを私は見逃さなかった。危険だから取り上げるだけのつもりだったのだが今までの仕打ちを思い出すと怒りがふつふつとわいてきた私はもう自分を制御出来なかった。
「ふざけんな!散々人を振り回しておいて最後まで迷惑かけるだなんてもう心身共にブサイクなんだよ!クソ!クソ!クソ!クソ!お前だけが死ね!」
「な、なんで…や、やめ…」
「人刺そうとしたくせに刺されることは怖いんだ!このモラハラDVクソ野郎!バーカ!」
「た、たすけ…て…」
「まだ私を殴った回数より少ないのにもうギブ?甘えんなこの性欲猿!」
気がつくと私の眼の前には血だらけの元彼だった肉塊がズタズタに刺されて永遠に喋らなくなってた。
刺した回数は殴られた回数より少ないのに、と冷静な考えが出てきたがすぐに取り返しがつかないことをしたことに対して私の頭は真っ白になった。
こんな無駄にでかい男を処分するなんて何日もかかるし腐敗臭だってきっとすぐ出てしまうはずだ、とにかく頭の整理が出来ていなかった私は慌てて元彼の死体を押入れに詰め、床を一生懸命に掃除した。
しかしこんな浅はかなことでバレないわけがないと悟った私は最低限の荷物をまとめ、どこに逃げるか考えた。
そういえば昔ニュースで見た逃亡犯が日雇いの仕事がある場所に逃げて自分で整形手術をしていたな、ある場所に逃げることを思い立った私は洗面所の鏡の前に立ち、昨日美容院に行って整えてきた髪をばっさりと切り落とし、顔を隠すためにセンター分けだったヘアスタイルを崩して鼻がちょっと見えるかどうかの長さの前髪に切りそろえた。
昔からずっとロングヘアーを維持してきていたが自己保身のためなら躊躇いなくほぼツーブロックに近いショートカットに出来るのだなと思いながら切った髪をトイレに流していると何故か笑いが止まらなかった。
顔を弄る方法が分からないが検索したら間違いなく警察にどこを弄ったのかバレるので感のみで一重だったまぶたを二重になるようにハサミでどうにか弄り、顔のほくろを切り落としたがこれ以上のところは弄り方も見当がつかないので化粧道具を駆使してとにかく別人になるようにした。何があっても化粧道具だけは常に持ち歩こう。
キャップ帽を深く被り、地味目の服に着替えて生きながらにして変わり果てた姿の私は1つのボストンバッグのみを持ち、深夜のマンションの非常用階段を静かに降りて2つ離れた駅まで走って始発を待って時間を掛けて向かった先は大阪府西成区釜ヶ崎。そう、あのあいりん地区だ。
早朝に家を出て何時間たったのだろうか、西成に着いた頃には辺りはもう暗くなっていた。
これからどうやって生きればいいのだろうと思いながら眠れる場所を探していると見たことがある公園が目についた。
私は女だが今じゃもう男みたいな髪型だし仮に襲われたところでどうなってもいいと思い、幸い春だったので持ってきたレジャーシートに包まって地べたに横になると背中の違和感こそあるもののその日は疲れてすぐに眠れた。
次の日、体臭がキツく、不潔な老人に起こされた。
「あんた、そんなとこ寝てて痛くないんか?」
ほっといてくれと思ったが怪しまれたくないのでとりあえず話すことにした。
その老人は臭かったがミルクティーを買ってきてくれた。人は見た目で判断するものではないなと元彼のことを思い出しながらゆっくりと味わいながら飲み干した。
「えーと…あんた女の子?」
「え、はい…」
「どうしたんよそんな格好で寝ちゃって、家出でもしてきたんか?」
これだ、私は中卒でも15歳であることに感謝しながらでたらめな家出エピソードを話すと老人は深く頷きながら嘘話を聞いてくれた。
「…とにかくもう二度と家には戻りとうないから来たわけか、その親父も実の娘に手を出すこたぁねぇだろうに。なぁに若いんならまだやり直せらぁ」
本当の私は殺人犯だ、なんて言えるわけもなく下を向いて落ち込んでるような雰囲気を出した。
「あんな家に帰るぐらいなら死んだほうがマシです」
「アホぬかせ!早まるんじゃないであんた」
「でももう私、どこにも居場所がないんだもの…」
すると老人は深刻そうな顔をしながら口を開いた。
「あんたさえよけりゃわてのテントにしばらくいてもええよ、もし住みとうなったらリーダーにもあんたのテント作ること相談したるけん」
「ほ、本当ですか?」
「まぁ死なれたら後味が悪いけん。あ、心配すんな。わては襲うとかなんてこたぁせんよ」
思わぬところで住処ゲットだ、私は内心小躍りした。
テントは案の定散らかってる上に狭いし臭かったが屋根が一応あるという点においては何よりもありがたかった。
しかし普段の残飯の食事はマズイし炊き出しを貰うにしても顔を見せたくない。ただ飢えたくない一心で生ゴミ同然の食材すら食べきった。
そんな劣悪な環境でも獄中よりはマシであろう生活に終わりは訪れた。そう、ホームレスのリーダーに問題があった。
「あんた、リーダーにテントの話したら喜んで作ってやるいうてたよ」
「えっ!?」
「ははは、そんなに嬉しいんか。今リーダーが来るからまっちょれ」
しばらくするとリーダーと呼ばれているヒゲを伸ばし放題にした禿頭の中年がやってきて私の顔をいきなり見つめてきた。
「うーん、髪型はアレだが若い女の子だし顔もよく見たらええ」
「?」
私が困惑しているとリーダーは舌なめずりをしながらねっとりと見つめてきた。
「テントは作ってやるが代わりにワシのカキタレになれ」
「か…カキタレって?」
「その…言いづらいが要は愛人ってことだ…」
老人は困惑しながら説明してくれたが私は唖然としてしまった。
「若いカキタレが出来るならテントの1つや2つ余裕で作らせたるわい」
「正気かリーダー!?こげな若い子に手ぇ出すなんぞ恥ずかしくないんか!」
「黙らんか!ワシはリーダーだぞ!」
老人が禿頭をひっぱたく音がした。
「お、おめぇ…誰に喧嘩売ったかわかっとんのか!?」
「お前は最低や!人間のクズが!」
老人は私のために起こってくれているのだろうがこのままではマズイ、この人の住処を奪うことになってしまう。
「す、すみません。私もう家に戻ります…」
「あんた、ええんか?」
「すみません実はこの前の身の上話全部ウソなんです!本当は警察官の娘でささいなことで喧嘩して家出しただけなんです!」
「…アル中で娘に手ぇだす無職のアホ親父がいなくて安心したよ」
老人は私の更に重ねた嘘に対してまたしても優しい言葉をかけてくれた。
この人のの優しさを無碍にしたくない、私は勇気を振り絞ってまた嘘をついた。
「あの、リーダーさんですよね。もしもこのお爺さんをこの先仲間はずれにするようなことがあったら私の父親に報告します。未成年淫行を働こうとした浮浪者がいるって」
「んなっ…なんやお前!」
「お父さんって本当はとっても私に優しくて甘いし地位が高いのでどうなるかもう分かりますよね…?」
「ふざけんな!オイお前ら!こいつ好きに輪姦してええで!」
中年は他のテント住民に声を掛けるが誰も襲わないどころか逆に中年をリンチしだした。
「な、なんやお前ら!なんでワシを殴るんや!」
「うるせぇ!ボッタ価格でショバ代取るゴミカスが!」
「せやせや!リーダーなのをええことにおめぇずっとわいが貸した金返さんやんか!」
「や、やめぇや…ほんま頼む!やめっ…」
リーダーの中年はどうやら仲間全員に恨みを買っていたらしくボコボコにされていた。
「あんた、もう帰ったほうがええ。それと出来ればもうここに来るなよ」
老人の厳しい言葉にはどこか優しさがこもっていた。
「ごめんなさい、私のせいでこんなことになっちゃって」
「えぇえぇ、ただわてみたいな人間には絶対ならんといてな」
私はバッグを抱えて老人の幸せを願いながら早足でその場を去った。
あっという間だったテント生活も終わり、また放浪することになった私は早朝の西成をウロウロしているとブルーシートに群がっている人達を見かけた。
「今なら向精◯薬1シート3000円!安いよ安いよ!」女の子の声…?私は人混みをかき分けてその声の主の姿を見た。
右足がないおさげの女の子があらゆる薬を並べて大声をあげている。私と同じぐらいの年齢だろうか…?
「お、この辺で若い子は珍しいなぁ!どうや!?安くしとくで!」
「い、いえ。まさかこの辺で女の子がいるとは思わなくてつい見た…」
女の子は目を吊り上げて私を睨みつけるがすぐ笑顔を浮かべた。
「あんたこの辺じゃ見ないね、ちょっと待ってな」
彼女は松葉杖で起き上がると私に片付けの手伝いをするように促した。
「もう時間だ!サツに見つかる前にずらかりまさぁ」
ヘラヘラした顔を浮かべた彼女は群がってた客たちに一礼した。
「まだ来ないやろ!」
「せやせや!」
「悪いなぁ、幻肢痛がひどくなったんよ」
客たちは不満そうにしながらも諦めてその場を去った。すると彼女は私の方に来てまた笑顔を見せた。
「これからホルモン屋行くんやけど来いや」
「おっちゃん!生ともつ煮2つずつ!」
狭いながらも夫婦で切り盛りしていてとても風情がある店に連れてこられた私は勝手にメニューを頼まれた。
「ここはなぁもつ煮が一番うまいんや。奢ったるから遠慮せずに食え!」
彼女が私の肩を気づいて満面の笑みを浮かべた。見た感じ悪い人ではなさそうだ。
無愛想なおじさんがビールともつ煮を出し、ある程度食べ進めると彼女はタバコを取り出し、紫煙を燻らせた。
「なぁあんた、訳アリってツラしとんなぁ。話してみ?」
「へ?」
「いいから言うてみ。歳近いし何よりもアンタ臭いし喋り方もあんまこの辺の人間らしゅうないやないか」
「実は…」
私は殺人のことを伏せて公園であったことを話すと彼女は苦笑いを浮かべた。
「ようあの公園行こう思ったね。関東もんは怖いもん知らずなんやなぁ」
「あはは…」
「よっしゃ同じ若い女同士やしとりあえず吸い終わったらウチと一緒に家行こうや」
あまり松葉杖に慣れていないのかゆっくりと歩く彼女についていくとホテルみたいな場所にたどり着いた。
「え、実家がホテル…?なの?」
「ちゃう、ドヤっちゅうんや。宿のことや」
「なるほど…」
部屋のドアを開くとそこはやっと二人寝れるかどうかの狭い部屋があった。
「狭いけどまぁウチ早朝と昼はあんまおらんし自由にしてってくれや」
「え、泊めてくれるの?」
「ちゃう、一緒に住もういうてんの」
まさかの誘いに私は驚いた。
「い、いいの…?ただでさえ狭いのに」
「一言余計やな自分、ええ言うたらええの。アンタみたいな世間知らずほっとけ無いし一人暮らしも飽きたんや」
「あ、ありがとう…」
「ウチぁ那間歩くらし。アンタ名前は?」
「あ、えっと…」
本名なんて言えるわけがない、私はとっさに思いついた偽名を名乗った。
「日暮そのひ。よろしくね」
「そのひちゃんな、こっちこそよろしゅうな」
私の西成暮らしはその日、始まった。
続く(3話ぐらいまで書くつもりだけどエタる可能性めちゃくちゃありますねぇ!)
※作者は西成行ったことないのでガバガバな部分しかありません